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遠い日のソナチネCDペペ田代オリジナル作曲による初のCD「遠い日のソナチネ」はおかげさまでいろんな人から好評をいただいています。

I enjoyed very much your compositions and your performance on this CD, both very sensitive and your technique is very fluid and the overall musicality is a real pleasure to hear.
April.2005〜Pepe Romero
「このCDの作曲作品と演奏、とても楽しめました。作曲、演奏共、大変表現力豊かで、 そのテクニックはすべてに於いて音楽的で流暢だね。この作品を聴くことは、まさに喜びです。」
2005年4月〜ペペ・ロメロ

Song List (ペぺ田代による作曲ノート)

曲名をクリックすると曲の試聴、そして作曲に当たってざっくばらんに思いついたモティーフなどがご覧いただけます

●「ネルハ」 Nerja
>スペイン南部の海岸線コスタ・デル・ソル(太陽の海岸)の町「ネルハ」は、ヨーロッパのバルコニーと呼ばれ、背に山、前に海と風光明媚で温暖なところ。私は初めて訪れた時から、すっかり魅了されてしまいました。砂浜に寝そべり、一日が過ぎ去るのをゆっくりと味わうが如き休暇の日は、正に人生の休日そのもので、私の素敵な記憶のひとこまです。その想い出から作曲したのが、この曲です。マラガ(ネルハ近くの都市)生まれの大ギタリスト、ペペ・ロメロさん(私の父で師)と、そして惹かれてやまないアンダルシアへのオマージュとして、尊敬の気持ちで作りました。ペペ・ロメロさんに献呈するつもりで作曲しましたから、技術的に非常に難しい曲になってしまいました。
1.I  前奏曲
トッカータ式(細かく連なる音群)のキラキラとした印象にて明るい陽光を、バロック的な要素や構築感での西洋音楽様式にて伝統を、ポップなメロディーにて悦びと開放感を表現してみました。
2.II 幻想曲
 砂浜で波音を子守歌にうつらうつらとしていると、時たま聞こえる鳥の歌に誘われ、いつしか夢を見ていました。水平線に無敵艦隊が見えたり、幼き女王様と従者娘のお喋りが聞こえたり。そしていつしか夢の中で、心は深層へと向かってゆきます。はっ、と気付くと、目の前には変わらぬ穏やかな波が見えました。
3.III 舞曲
海の幸に恵まれた町の収穫祭は、海の男達が大声で歌いながら小舟で内海を走るものでした。きっと踊りもあるのだろうと、勝手に想像して出来たのがこの曲です。個人主義と調和の社会をポリフォニック(複声部法式)にて、収穫の悦びは上昇音階で表現してみました。ときたま、海とは反対側から、熱く乾いた風が吹いてきたり、フラメンコが聞こえてきたりして、賑やかなカーニバルの雰囲気もします。
4.遠い日のソナチネ
 ある秋の夕暮れ、数十年ぶりで子供の頃に通った小学校へ行ってみました。すると、あの頃と何も変わっていないものが沢山あって、驚きました。それは過去の自分との再会のようで、少しセンチメンタルで柔らかいひとときでした。夕日を背に、自分の影を見つめながら横切った校庭を、今また歩いてみると、どこかで笛の音が聞こえたような気がしました。
5.平凡なワルツ
19世紀ロマン派の時代は、ギターにとってターレガの小品に飾られた素敵な時でもありました。そこで、メロディーがシンプルで簡単に聞こえる、ヨーロッパっぽいワルツを作ってみようと思い、出来たのがこの曲です。しかし、あまりに単純だとつまらないので、ジャズ的な調性変化を連続させたりと、私の持っているジャズ的な要素もよく出た曲だと思います。従って、曲名の「平凡な」は、ちょっとした皮肉になっています
●「月夜の光景」
 どうも私は、冬がテーマの曲を作るのが苦手です。そんな中で、冬的なニュアンスを持った組曲がこれです。元々1994年に作曲した組曲ですが、当時は私の作曲能力が未熟で、駄作でした。しかし、モチーフは気に入っていたので、2004年12月、全面的に作曲し直しました。
6.I 前奏曲
 衣擦れさえ、はっとするほどに聞こえる静かな満月の夜。月明かりに照らされた竹林に風が吹くイメージでした。この曲は1994年に作曲したまま、手を加えませんでした。
7.II 幻想曲「夜が明ける」
 眠れぬまま更け、夜が最も深くなった頃、想いも深く心を巡ります。忘れ去った過去との邂逅や悔恨、失ったものへの憧憬や明日への不安。しかし夜明けと共に、想いも生まれ変わったような気になります。
8.IIIトッカータ
凍える夜の空気に、月明かりは薄雲に弄ばれるように息づかいをしています。自己の中に共存する2つの想いが、対峙したり協調したりし、気持ちは揺れます。夢の中にさえ潜む現実性から、「今を生きている」ということを実感します。
●「春の組曲」
 冬が嫌いな私は、何にも増して春を恋しく思っています。この組曲はそんな日本の春の描写で、心からのオマージュです。
9.I フーガ「もうすぐ春」
 まだ寒い日々も、そこかしこに春の芽吹きを感じます。寒さと暖かさは絡み合うように交差し、私の心も待ち切れぬ想いに溢れます。
10.II 幻想曲−A「春」
 未だ寒さが残る早春のある日。急に雲行きが怪しくなり、雷鳴轟き、豪雨が襲ってきました。
11.III幻想曲−B「桜が咲く」
日差しの中で桜のつぼみが、はじけ始めました。
12.IVトッカータ「風に舞う花びら」
桜が散り、風に舞う様は、まさしく豪壮、優美、絢爛たる見栄えで、日本的なメンタリティーのエッセンスを見るような気がします。風にあおられて、舞い上がり、急降下する花びらをイメージして作曲しました。
13.若い母の子守歌
 簡単な練習曲を作ろうと思って作曲しました。シンプルで柔らかなメロディーと和声で、日だまりに咲くタンポポのような暖かさに、赤ん坊を抱く若き母親をイメージしました。
14.レクイエム(鎮魂歌)
今までに、悔いの残る見送りをしたことが何度かあります。その度に、何ともやりきれない気持ちになり、レクイエムを書いて捧げたいと思っていましたが、何とも気の重い作業で、20年近く、心の隅に宙ぶらりんになっていた宿題でした。今回、ようやく重い腰があがりましたが、作曲は大変、難航してしまいました。
15.首の差(ガルデル)
 映画のひとこまで、アル・パチーノがタンゴを踊る場面にしびれました。その音楽がこの曲で、ギターで弾きたいと思い編曲しました。1920〜30年代、タンゴのスーパースター、カルロス・ガルデルの作品でタイトルは競馬用語。「“首の差”で恋のレースに負けてしまった」という内容。

評論

『高度にユニークで本質的な叙情美に満ちたギター芸術』濱田滋郎(音楽評論家)
ペペ田代さんに関してはこれまで「ペペ・ロメロに学んだギタリスト」との認識しか、正直に言って、私は持っていなかった。多少、話を交わしたりしたのも、ペペ・ロメロ来日公演後の打ち上げの席ぐらいではなかったろうか。
 いま、田代さんが世に問う決意をされ私のところへ送って寄越された自作自演CDのテスト盤を一聴、二聴して、私はうれしい驚きの中にいる。ここまで高度なギタリスト=コンポーザーで、彼はあったのか。まず彼は師の名を辱めないだけの音色とテクニックの洗練を身につけた人だとわかるが、それにも増して、作曲家としてもすぐれたインスピレーションとメチエ(専門家としての行きとどいた技術)の持ち主である事実が、聴き返すほどによく納得されて快い。
 このCDには3つの組曲、いくつかの小品が含まれているが、すべてにわたって言えるのは、この人が、どこでも起用に手を出すというタイプではなく、自分の内面的かつ詩的な世界をしっかりと抱いた表現者だということである。技術や創意工夫は、すべてその世界を表すために役立てられている。  作品はいずれも聴き手の感性に訴える面が強くわかりやすいが、だからと言って平凡さに陥ってはいない。よく聴けば、平易なようでいて、ずいぶん難しい地点に立っての芸術的創作態度を一貫させているとわかる。とりわけ、彼の持つ、ギター音楽をポリフォニックに、横に流れる旋律線の組み合わせとして着想し思考する感性と、それに伴う技巧的な仕上げの良さとは、高い評価に値する。ノスタルジックな叙情味を湛えた≪遠い日のソナチネ≫が、その好例であるように。
 もうひとつ、私がペペ田代の音楽のすぐれた点として挙げたいのは、その作風がインターナショナルであると同時に、どこかで「日本のもの」という、広い意味でのナショナリズムを具えていることである。教条主義的、「ねばならぬ」式の民族主義とは全く縁のないところで、ペペ田代の音楽は、しばしば、ほのかに、しかしはっきりと日本的である。このことも含め、すでに言ったとおり、彼はあくまで自分の内的感動を、おのずと表現するギターの作曲家にして抒情詩人なのである。
 昨今、日本でも注目度の高まってきたギタリスト=コンポーザーの系列に、この成熟した芸術家が加わったことを心から祝福したい。 )
『ペペ田代はユニバーサルなアーティストだ』笠原孝夫(音楽プロデューサー)
ペペ田代は、巨匠ペペ・ロメロの高弟でスペインの精神を受け継いでいるが、ジャズやロックの手法まで掌握しているので、ユニバーサルなアーティストだ。そしてその作品は、ロマンに溢れている。このアルバムもどこか懐かしくイマジネーションに充ちている。 )