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ギター日記

2004ログ

11月24日

青年女子バレー大会 常日頃から忙しいのに、最近はとみに忙しく、疲れ気味です。通常のレッスンに加え、マスタークラスの準備パパの来日コンサート、私のCDの録音準備にミーティングと、いくつかの案件が重なって、忙殺されています。
 昨夜3時頃、ようやくマスタークラスのテキストが一段落。後は校正してプリントのみなので、ひとやま超えました。とても良い内容のものが出来上がったので一安心してます。ご期待下さい。12月11日の本番も、そろそろ申し込みが集まり始める時期。是非とも皆さん、ふるってご参加下さい。

青年女子バレー大会 忙しい中で体調の管理を心がけていますが、なかなか・・。只、天気が良かったら散歩を欠かさないようにしています。最近は、好天が続いているので、とても気持ちよく散歩時間を過ごせて、リフレッシュになっています。
 紅葉〜枯葉が、明るい光にとても美しくて嬉しくなりますね。枯葉の絨毯に日が差していたり、抜けるような青い空にイチョウの黄色がまぶしかったり。写真は、埼玉教室近くの水上公園で今日、撮りました。おすそ分けです。楽しんでください。

 変わったことといえば、21日の日曜、眼鏡を作りました。家を出るとき、そんな気は全然なかったのですが、歩いているときに街頭でチラシをもらい、その店に行って作っちゃった。
 私は裸眼で0.7くらい。乱視も少々。なので、運転免許は眼鏡使用にならないのですが、生徒さんの手元を一日中、見ているようなものなので、結構疲れます。どうしても、眉間にしわを寄せて、凝視するようになってしまうので。
 以前も1年ほど、眼鏡をかけていたのですが、何だか鬱陶しくて止めてしまっていました。なので、今回は小さめの、かつ下半分に縁がないものを作りました。仕事中はかけているようにしていますが、今回は何時まで続くのやら?

 まあ、何にしても肩が凝りますね。最近、季節の変わり目だったせいか、私も風邪をひいてしまったし、生徒さんも体調を崩してお休みになる方が多いようです。皆さん、体調管理にはご注意下さい。私は今度、生まれて初の「インフルエンザ予防接種」をします。天下の注射嫌いですが、もうこの調子だと、来年の5月まで病気になっている閑がないので、観念して・・。
 また、パパのコンサート、早々と予約が集まってきていて、良い席からうまっております。どうぞ皆さん、お早めに予約してください。  12月11日のマスタークラスも、よろしくお願いします。お待ちしております

→パパのコンサート情報はこちらです>

 

10月29日

青年女子バレー大会 何だか一気に寒くなって、秋を飛び越えて初冬になってしまったような。まるでスペインのようです。あの国は、春と秋がとても短くて、それぞれ2週間ほどで一気に 暑くなったり寒くなったり。夕焼けや朝焼けの時間も短く、まったくイメージ通り「生と死」「光と影」が表裏一体になっているような。

 また最近、我々は台風にみまわれたり、地震に襲われたりと、自然の驚異にさらさ れ、恐れおののいている様な有様で、なんともはや、身をかがめて、災難が通り過ぎてくれるのを待つばかり、そんな状態ではないでしょうか? 一日も早く収まって、被災地の皆様には、本格的な復興をと願うばかりです。心よりお察し申し上げます。

 さて、話は変わって。先日24日(日)〜27日(水)の4日間、埼玉教室所在の 行田市にて、国体の公開競技、6人制青年女子バレー大会が開催されました。場所は、 教室から車で2〜3分の、グリーンアリーナという体育館。毎週(火)(水)が行田教室営業日なので、火曜の準決勝、水曜の決勝と観に行きました。

 私は以前からバレーボールを観戦するのが好きなので今回も楽しみにしていました。 参加チームリストを見ると、Vリーグチームもあったので。しかし、ふたを開ければ、 主力選手は皆無で、要するに2軍だったのですね。それでも、楽しめました。シーソー ゲームになった試合は特に。試合前の練習から観たのですが、ひと通りのコンビネーションをやったりするので、 そちらもなかなか感心しました。で、やはり「ライブへ出向くのは大事だな」と再認識しました。商品としてパッケージされた部分のみを、我々は常に目にし、判別しているのですが、その過程とも言える部分をかいま見ることで、造詣も深まるし、何より、そのモノが大切なモノに感じられます。

 写真は27日の決勝戦で、埼玉VS岡山の試合。赤いユニフォームが埼玉代表の武 富士バンブー。こちらはVリーグチームですね。青が岡山シーガルズ。こちらはよく知らないけど、詳しい人(うちの生徒さん)の話によると、クラブチームじゃないかな?と。岡山は、国体を2連覇中で、今回勝てば3連覇。一方、埼玉は地元開催なので、こちらも勝ちたかったところでしょう。

 準決勝を観ての私の予想では、岡山圧勝と思っておりました。結果は、3−1で岡山。第1セットを埼玉が取りましたが、後は3タテ。でも、ややシーソーゲーム的な 展開になる部分も多く、エンターテイメントとしても、まずまずでした。地元でこんなイベントが開催されて、嬉しいです。

 しかし、朝9時30分の試合開始とは・・・。誰が何を考えて決めたのか? 私には理解できません。そんな時間じゃ、選手の皆さんは、大分早い時間からアップしなければならないのに。まあ、諸般の事情でしょうが、当然、現場の意見より、主催者の都合が優先されたことは考えなくとも分かりますね。

 開催するからには観客数を沢山、動員したいのは当然。しかし、それをエンターテイメントのクオリティーにて集客、動員しようと思ってないわけで、公立学校の学生をまとめて連れてくることで客席を埋めたわけですから、何ともはや。そりゃぁ、観た人は喜ぶから、おおっぴらにクレームは出ないでしょうが、まあ、 お寒い限りですね。相も変わらず。

 神戸の地震とあと、責任の所在をハッキリしないで現場を混乱させる行政の体質に、 激しい批判の声があがったことがあります。今回の新潟の地震、また、台風の被害に遭われた地区など、是非とも、そんな間抜けなことがないように祈りたいし、被災者、住民のための対処をと願ってやみません。

 

10月3日

ホテイアオイ埼玉・行田教室の近く、水城公園の池に、ホテイアオイが満開になっていたので写真を撮ってきました。ここは私の散歩コースで、行田教室営業日は、閑を見つけてよく歩きます。ここ数年は、冷夏などもあり、うまく咲かなかったそうですが、御覧の通り今年はとっても美しいです。

この写真は9月28日に撮ったので、今日には、もう盛りは過ぎてしまっているかもしれませんね。
 この公園も、小学校の帰り道、友達の家に寄り道するときは、よく歩きました。勿論、公園内は当時とあまり変わっていませんから、なんだか懐かしいのを通り越して、それが当たり前のように思えます。
 過去の自分が居た場所が、今もそのままあること、前回のギター日記でも触れましたが、何だか、重要なことに思えてなりません。

 話は変わって、猫のロビ奴も、大きくなりました。私は毎週火曜日、レッスンのために行田教室に行きますが、毎週、「大きくなったなぁ」と思います。猫にもそれぞれ、趣向があるようで、ロビ奴は、パンが好きのようです。食パンの白いところ。あと、牛乳、クリームのたぐい。アイスクリームも大層、好きな様子で、アイスをこぼして拭いたティッシュをゴミ箱に入れておいたら、ゴミ箱をひっくり返して、そのティッシュをかじってました。

ロビ奴 またご多分に漏れず、じゃれるのが好きで、遊ばせるのに時間が掛かります。レッスン中はともかく、それ以外の時間は、私の後をついて歩いて、遊んでくれるのを待っています。ほっておくと、私の足に飛びついて遊び始める始末。したがって、営業終了後はもう大変。ロビが疲れて音を上げるまで、遊んであげないと飼い主としてお恥ずかしい。で、夜な夜な、ロビの大運動会となるわけです。てなわけで、なかなかギター日記も書けません。ワッハッハ。

 朝、こっちが起きるのを待ちきれないと、たまに起こしに来ます。何故かロビは、鳴きながら、ほっぺたを手(前足か?)で押します。前の茶ドラのロビは、大分違ったので、猫にも色々と個人差があるもんだと、感心しております。
 今年は色々とストレスを感じることが多く、体調も悪くなったりして、辛い思いをしているのですが、ロビが癒してくれることも多く、ペットは素晴らしいなぁ、と思います。本来は、音楽こそ、そんな役目にぴったりなんでしょうが、私は、一番好きなことを職業にしてしまったので、時には、何の音も聴きたくない気分になることも少なくありません。だから、やはりロビの存在は、ありがたいなぁ、と思っています。

 

9月21日

 今日も暑かったですね。今日の30度オーバーにて、観測史上真夏日の新記録達成だそうで、いやはや、全くもって過酷な夏でした。

 先日、久しぶりに昔通った小学校に寄ってみました。通りすがり、休日で校庭が一般に開放されるのでしょうか、門が開いていて敷地に入れる様子だったので、入ってみたんです。
 それこそ卒業以来、入っていませんでしたから、まさに四半世紀以上の時間を隔てての再開となりました。勿論、校舎には施錠のため入れませんが、窓から中の様子が見えました。
 たまたま、この学校は建て替えや増築が行われていないので、正しく昔のままの景色で、感慨も一塩でした。沢山の光景が思い出され、なんとも言い難い、素敵な時間を過ごしましたが、校庭をぐるっと一回り、その時、丁度夕焼けが美しくて、まるで夕焼けまで昔と同じような気がしました。

 私は、朝の登校時間は、あまり楽しくなかったし、心も躍った記憶はありません。が、好きな友達と話しながら歩けたり、一人物思いしながら、うつむいて歩ける下校時間は大好きだった。勿論、学校から解放された喜びが大きかったんでしょうが。
 夕方、校庭をうつむいて歩いたシーンを、私はずーっと憶えていて、心の中の原風景の一つになっているのですが、こんなことも胸をよぎりました。

 私がギターを始めたのは、小学校を卒業し中学に入る前の春休みですから、その懐かしい光景は、私の数少ない「ギターと関わりのなかった人生」の一部だったんですね。当時、まさか自分がギターと音楽を職業にするなんて、これっぽちも思ってもいなかった。
 どうも人生は不思議なものですね。何かの切っ掛け、出会いで全く違った方向に動き始めてしまう。 こんな素敵な再会を果たせたので、曲が1曲出来ました。「メロディーもコードも出来うる限りシンプルで、且つ、中級程度のテクニックで弾けて、音楽的な主張の明確な曲」をプロットに、今日一日で出来てしまった。題名は「遠い日のソナチネ」としてみました。題名の通り、ソナチネです。冬に発売予定のCDに収録します。お楽しみに。

 話は変わって。最近、何とか時間を捻出して、以前から誘い合っていた生徒さんと、一杯ご一緒させてもらう機会を作っております。レッスン時だと、あまりに忙しくて雑談時間が全くと言っていいほど取れないし、互いに聴きたいことも話したいことも色々とあるし。てなわけで、まあ、一緒に一杯行きましょう!

 

8月24日

ロビ奴

連日のオリンピック中継で寝不足です。しかし、オリンピックって、凄いエンターテイメントですね! ついつい見入ってしまいます。我が家は衛星中継も何にもないので、主に日本選手の活躍しか見られないのが残念。世界の最高峰のパフォーマンス、 もっと見たいところですが。

 生徒さんの中にも当HPをちょくちょく丹念に見て頂いている方も多く、ずぼらな更新ですまぬ想いです。相変わらずのご贔屓を願います。今日はテーマ、2つです。
 まずは、埼玉教室の猫ですが、我が一味になって2週間が過ぎ、最近ではすっかり慣れてきて、家中、所狭しと遊び回っております。体も大きくなり、ヒゲも少し伸びてきました。(赤ちゃん猫のうちは、ヒゲが無いのね)まったくオリンピックさながらの瞬発力、ジャンプ力!遊ばせるのもなかなか気力がいります。

 ところで、この「ロビ三郎」君・・・。どうやら、女の子だったらしい・・・。
「多分、雄なんじゃないの?」ということで、関係者はそう思っていたのですが。まあ、どっちにしろ愛しい我が子には変わりないので、いっこうに構わないんだけど、名前がねぇ・・。女の子に「三郎」はないだろうと・・。結局、「ロビ三郎」という名前は、家族及びファンの皆さんに、たいそう評判が悪かった。家内曰く「和洋折衷にしない方が良い。そんな変な名前を付けられて、かわいそうな子」。ウエブマスター君曰く「そんな名前やったら、いじめられるでぇ」。その他諸々、ご批判を頂戴いたしました。

 で、結局、皆さん「ロビ」としか呼んでくれてないので、当人(猫)にとっては、そんなことどこ吹く風なんですが。 母が言うに、「今までロビ君だったのだから、ロビちゃんでいいじゃないか」と。確かに呼称はそれでよろしい。が、人間、いや、猫か、猫たるもの、本名が大事であるので、なんとしても立派な名前が欲しいな。エヘン。で、改名をしようと。
  まあ、私が思うところ「ロビ子」なんか手頃かなぁ? と頭をかすめるも、なんだか、おかまバーの一番売れない変な女(?)みたいだし。「ロビ江」「ロビ代」「ロビ美」 、なんかみんなパッとしない。「ロビサブ子」、インチキロシア人みたいだし。で、色々考えた結果「ロビ奴(やっこ)」がいいんじゃぁないかと。少し色っぽいし。ということで、私の一存で「ロビ奴」に決定しました。写真は今日の午後撮りました。見てやってください。

吉田博先生 次は、今日の嬉しい訪問者のお話。夕方の食事休憩時、私の中学3年の時の担任の先生だった「吉田博先生」が、所用で近所に来たついでに、寄ってくれました。写真はその時に撮ったものです。
 私は、この方に多大なる影響を受けました。ギター少年だった私が間近に見た、凄くギターがうまい大人。それがこの吉田先生だったんです。この方、まずは寺内タケシ御大のそっくりさん。それ系の演奏なら、現在でもバンドで方々に呼ばれたりして、いっこうに衰えを知らず、益々磨きがかかる。エレキ、アンプをコレクションし、ロックしまくる現役の教頭先生。なんか、楽しそうでこっちまで嬉しくなっちゃう。
 アコースティックギター少年だった私が、初めてエレキギターをお借りしてさわったのも、その頃の想い出。モデルは当然、モズライト!
 で、そんなこんなで、ラリー・カールトンとかコピーし始めた田代少年に、「おい、モトミ〜(私の本名)、オクターブって知ってるか?」と。「オクターブ奏法」。言わずとしれたジャズギター名人ウエス・モンゴメリーのトレードマーク。
 この先生、ウエスのそっくりさんでもあったんです。で、聞いてみた。テープもらって。「!」。なんかよく分からないけど、ジャズギターってスゲーな!と思った瞬間だったんです。
 母の影響でマイルスやディジーの名前は知っていたし、テレビ中継でベニー・グッドマンディジー・ガレスピーのステージは食い入るように見て感動した記憶もあったけど、このとき聞いたウエスにも驚いたな。ピック使わないんだって!って。

 そんなところで、今でもお付き合いいただいております。今度、一杯やりたいものですね。この先生とのことは、色々と想い出もあるので、また書きたいと思います。
 夏バテで休む方も多いです。皆さん、体調管理にご留意下さい。この過酷だった夏は、我々に何かを残しているはずですよ!想い出も、喜びも、傷跡も。

 

8月10日

 観測史上、最高に暑い夏を過ごしているのですねぇ、我々は!考えてみりゃ凄いことですが、まあ、迷惑な話でもありますね。
 さて、今日は嬉しいニュースから。行田教室で、猫を飼いました!以前、飼っていた茶ドラの「ロビー・ロバートソン・Jr」が老衰で死んでしまってから、早5年。 念願だったので、嬉しいです。

 8日、日曜の夕方、母が知り合いから貰ってきました。今日は、ようやく我が家にも慣れてきて、抱かれても、少し我慢できるようになりました。また、じゃれて、よく遊びます。
 名前は、複数候補の中から、厳正な検討を経て「ロビ三郎」に決定しました。手足が大きいので、大きくなるのじゃないか、と期待しております。
 私の母が、久しぶりにペット関連商品のコーナーへ行ったわけですが、以前に比べると、商品の多様さ、豊富さに驚いたそうです。日本は、こういった分野、充実していますね!そう思うと、こんな苦言も言ってみたくなったので、書くことにします。

 スペインでのこと。猫を飼っている友人に「どこで貰ったの?」と聞くと、「動物愛護団体」らしきことを言います。どうやら、子猫が生まれ、引き取り手がないと、動物愛護団体がいったん引き取って、里親を捜してくれるんだとか。あんまり詳しいことは分からないのですが、一般的に、そんな感じらしい。民度の高い国だと、思いませんか?

 日本では、マーケットに「こんな物、ほんとにいるの?」と思うようなペットグッズまで、普通に売られていますが、その反面、捨てられる動物の多いこと!全く、考えただけでも、胸が痛み、腹立たしく感じます。
 「これ以上、飼えないから」なんて理由で、動物を捨てる。その人達は、果たして、命をなんだと思っているのだろうか?見下げ果てた輩達です。
 そんな輩は悪いに決まっているが、ペットとの共存を整備しようとしない、この国の社会構造も、同じくらいお粗末ですね。

我が国は、なんでもそう。金になることこそ、至上のことで、多くの企業は、売り逃げしちゃう。ペット関連書品で、稼いでいる企業で、動物愛護に本腰を入れて取り組んでいる企業が、どれほどあるんだろうか?
 私たちは、普段、消費活動をするときに、ある面では厳しく選別をしていますが、もう少し多面的に、取捨選択をしたいものです。もっと、責任をもって選びましょうよ!それがきっと、社会を浄化してゆく、一つの方法になるのは、間違いないのだから。

 

7月27日

 いやぁ〜、しっかし、暑いですね! 昨夏の冷夏とは打って変わっての猛暑!連日連夜の暑さに悲鳴を上げるばかり。皆さんは、如何お過ごしでしょうか?
 まあ、なんの商売でも、季節は季節なりの気候でなくちゃ困る、って人も多いですから、まあ、経済効果を考えると、ウエルカムなのかもしれませんし、暑さの悪口ばかりも言ってられません。

 このページは「ギター日記」なのに、あんまりギターのことが出てきませんねぇ〜?
というお声に襟を正し、今回は大々的にギターの話です。楽器の話ね。
 私が現在、メインに使用しているのはクラシックギターで、私用に作ってもらった物です。
 パパ(ギタリスト/ペペ・ロメロさん)の実の息子(3人兄弟の末っ子で、長男)のペペ・ロメロJr.が、ギタリストではなくギター製作家を志し、今や素晴らしい実力の製作家となって大活躍しているのですが、私の使用しているNo.16は、彼が腕前を上げ、プロギタリスト達からも注目されて、注文が集まり始めた2000年(既にウエイティングリストは混み合っていた)に、無理を言って急遽作ってもらった物なんです。

 リトルペペとは、マイク・スターンのコンサートを一緒に見て、大盛り上がりしたりして、仲良しだったので、融通を利かせてくれたんですね。
 リトルペペは、新作を作るごとに腕を上げ、最近では歴史的名器にも匹敵する、素晴らしい作品を作っていますが、何よりも素晴らしい点は、「音楽的な楽器」であること。
 色んな人が、あれが良い、これが良いなんて言いますが、その評価の中には「木工屋の作ったギター」(材質、工作は良いし、よく鳴るけど、音楽的じゃない)を高く評価する向きもあり、私は、首を傾げることも多いんです。
  本当に良いギターは、音楽を、演奏法を教えてくれる。どう弾けばよいのか、導いてくれるものなんです。それが音楽的なギター。
 そんな中で、私が手放しで好きなのは、「サントス・エルナンデス」「ハウザー1世」「イグナシオ・フレタ」(以上、歴史的名工)、それにも増して「ペペ・ロメロJr」ということで。
 リトルペペは、サントスを神と思っているんだって、パパが言ってた。サントスの音色にロドリゲスのパワー。それが、リトルペペの理想の一つなんだって。

 サントスとハウザー1世は、とうに他界しており(全盛期が1930年代)、購入しようと思っても高すぎて、手が出ない。フレタは現在でも新品が供給されるも、品薄だし、やはり高い。
 既にリトルペペも、ウエイティングリストが結構、厚くなってしっまているらしく、注文してもなかなか番が来ない状態らしい。だけど、現状で考えられる、最上の選択の一つと思うな。
 何故リトルペペがこんな短期間で、これほど突出したギターがつくれるのか? それは、彼自身の才能、努力が根本なのは言うまでもないけど、彼の持つ環境も大きいと思う。
 自分の父親が世界最高のギタリストなんだから。パパは今、殆どリトルペペのギターでコンサートをこなしている。で、当然、こうだった、ああだった、もっとこうなれば良いのに、という意見を息子に伝え、それを元に新作に反映させてゆくわけです。
 こういったグレードの最高級ギターの場合、はっきり言って、それを鳴らしきれる腕(能力)を持った人が、コンサートホールで、たくさんの聴衆に向かって弾いたときに、本当の意味での評価が出来るわけです。
 だから、弾き手の腕と、弾き手と製作家のコミニュケーションが、重要なわけです。これって、難しい事なんですよね。

 また、パパを筆頭にロメロスが持つ、名器のコレクション。全部合わせれば、300本オーバーかな?要するに、リトルペペは博物館で育ったようなものですよね。
 勿論、リトルペペもギターを弾きます。当然、子供の頃から、パパに教わっているわけ。だから、博物館のコレクションで、興味を持ったギター、いつでも弾いて研究できるわけです。
 あらゆる意味で、最高の環境ですね。また、それに奢らずに、真摯に高まってゆこうとする、彼の心が素晴らしい。
 まったくもって、私は、リトルペペが21世紀を代表する歴史的な名工になることを確信しています。私のNo.16(私は「Sweet 16」て呼んでる)も、日に日に素晴らしく成長(どんどん熟成して、音が良くなる)していますが、新作もまた、楽しみ!

 リトルペペとの約束で、「No.66を僕に譲ってよ!」って事になっているのですが、先日来たメールによると、来年の春から初夏にかけて、出来そうだよ!と。早く来年にならないかしら!
 そんなこんなで、ギターのことを書くと、発情するのですね!
 また、私が尊敬する製作家は、外国ばかりではありません。日本に、それも、ご近所の東京に居るのですが、書ききれないから、また次回に。

 

7月2日

 晴れて暑い日が続き、どうやら今年は「空梅雨」だったのかなぁ?と思いますね。 まあ、夏場の水不足の心配さえなければ、いいんですが。
 まとまった雨も、台風絡みだったですね。生徒さんに「豪雨の影響、受けましたか? 」と聞いてみると、学生さんが一番、影響を受けたらしいです。丁度、下校時間とぶつかってしまったらしく。
 「傘が壊れた」「ズボンがずぶ濡れ」「電車止まった」など、一般的な意見が多いなか、久々の傑作があったので、皆様にご紹介。
 小学校の女の子ですが、「田んぼに落ちた」と。
 どうですか?この清々しさ。神々しいまでに、美しいなぁ!こういうの、大好き。 都会の子は、こんな経験できないのね。可哀想に。やっぱり行田は良い所だなぁ。

 今年になり、どういう訳か、他人の無責任に振り回されることが多いです。それも、相手が職業で、こっちがお客の場合。細かい話は省きますが、その折々、私が強く感じ、且つ、憤慨したのは、彼らのプロフェッショナリズムの著しい欠落です。
 私はギタリスト、音楽家、レッスンプロと、いくつかの業態をこなしておりますが、常に心がけているのは、「責任を持って、価値を提供すること」で、こんなことは当たり前ですが、「責任を持って」というのは、「顧客の個別情報を熟知した上で、完全オーダーメイドとして、万全の対応をする」ことで、「状況によれば、休日など無い」と覚悟し、「誠意をもって対応すること」です。
 私は自営業の家庭に生まれ育ったので、この感覚は骨身に染みて、身に付いているつもりです。当然、お客さんにとっての「大事」ならば、こっちの休みなんて、関係ない。その仕事単体での採算を考えれば赤字であっても、永きに渡るご贔屓由、対応する・・なんてのは序の口。

 さて、私はこれを、単にサービスとは思いません。もう一歩踏み込んだ、人と人とのお付き合いだと思っている。大げさに言えば、一種の精神活動と思っているのです。うどん一杯食べるにせよ。互いの人間としての品格ですね。
 世の中は、お金のキャッチボールで成立しているわけですが、それと共に、気持ちのやり取りもしたいですね。互いに都合を欲し合う訳ですから、キチンと敬意を持って応対したい。気持ちよく、互いに「良かったな」とお金のやり取りをしたい。要するに、相手を一人の人間と思い、心を砕けるのか?の一点に尽きると思うのです。一 期一会の精神でしょうか。
 最近、そんな部分が、荒れてきているように思えてなりません。金さえ払えば、安に買えると思っている輩が多いような気がします。粗末な人達ですねぇ・・正しく貧民だ。心が貧しい。だから、売る方も金さえ持ってくりゃ、何でも売っちゃう。金額の折り合いさえつけば。下司ですね。
 日本人が失ってきた美徳の中の、最たるものの一つじゃないか?と思ってしまいます。

 さて、で、私がお客の側として、そんな扱いを受けて、黙って引き下がるわけがありません。まあ、クレームを進言したわけですが、再度その会社からアプローチがあった場合、その担当者、或いは責任者が明確な責任をとっていない限り、話も聞きません。私は、プロとして自身に厳しいのと同様、あらゆるプロに対して厳しいのです。もしも私が彼らなら、恥ずかしくて死にたくなったでしょうね。全く、孫子の代までの恥だと。
 しかし、最近はどこへ行ってもバイトか、商品知識が乏しい素人の如きスタッフばかり。そんな有様で、経営者は「今期の経常利益は、リストラのお陰で増えた」なんて平気で言ってる。要するに、人より目先の金の方が大事なのね。
 経営理念がこんな程度の企業が多い中、「プロフェッショナリズムを」なんて、広く要求しても無理なんでしょうが、そんな時代でも、自分の信念に基づいて頑張ってる人達、起業する人達がいるのは、心強く思います。
 最近、30代の起業者が増えているようですね。自分一人で世の中を渡ってゆくのは大変だけど、キチンと人の価値が分かる大人で生きているんだと思い、エールを送りたい気持ちです。

 当校も、お陰様で「お問い合わせ〜無料体験入学」に多数、エントリーしていただいておりますが、中には100%冷やかしと、その場で分かる人もいて、いささか嫌になることがあります。「金を使おうが使うまいが、来校中は皆お客様」は、商売の常識なので、私はベストを尽くして応対しますが、そんな人達は、まあ、厚かましいもんですね。そんな折には、ひどく疲れてしまいます。しかし、私は「お客様の品格 と、店の品格は等しい」との信念を持っているので、「この人は100%入学しないな」と確信しても、かえって清々としていたり。
 以前からお付き合いいただいている、ある企業の、亡くなった初代会長さんの、それこそ命を賭けて守り続けた信念は、こういったものです。「当社は一流。だから社員も一流。勿論、お客様も一流。当然、扱う品物も、仕事も、サービスも、全て一流! 」
 惜しくもこの会長さんは他界しておりますが、今でも私の心に、彼の人生を掛けたこの言葉がこだまします。彼は、会社を作り、人を作った。しかし、本質は、本来あるべき人の、崇高な心のあり方を教えてくれたんですね。古くは宗教家が、そして哲学者、芸術家がしている仕事と、同じ仕事をしたわけです。後生に生きる我々のために、偉大な精神を残してくれたんですね。それが起業家、企業家と言うべき姿なんじゃないでしょうか?

 それに比べると、最近はどうも、お寒い限りですね?
 少なくとも、私は、そんなお寒い方たちとは、違うステージに生きている自信があります。ですから当校の一流のお客様方、相変わらずのご贔屓を願います。

 

6月12日

 うっとうしい日が続きます。悲しいニュースも入ってきましたね。レイ・チャールズさん死去、享年73歳だそうです。R&Bに限らず、或いはブラックミュージックの域を出たと言った方が適切でしょうか?、まさしくアメリカンミュージックの巨星でした。
 色々な伝説のある人で、エピソードを挙げればキリがないのですが、私の心に残るいくつかをご紹介しましょう。

大スターになって以降、結構な大所帯のバンド構成にてツアーをしていたのは、皆さん、ご承知の通りですが、そのバンドの厳しさはあまり語られていないようです。アメリカのショービジネスの世界は、日本のなまくらな世界に比べ、とても厳しいのもご存じの通りで、中でも、超一流を長く続けている人達の自己管理(パフォーマンス、マネージメント等全てに)に対する意識の高さは、「これぞプロ」と敬服するばかりのレベルです。で、当然、レイ・チャールズ然り、勿論、バンドメンバーに対する要求も然り、ということですね。

 レイ・チャールズ・オーケストラ日本公演でのリハーサル時、レイ自身、あるメンバーの演奏内容が気に入らなかったらしく、「そんな音しか出ないなら、今すぐアメリカへ帰れ! お前の変わりはいくらでもいる!」と言ったそうな。また、予備のメンバーがそのチャンスを待ちに待っていることも、あながち、眉唾の話とも思えません。
 果たして日本に、その厳しさを湛えた現場がどれほどあるのか?特にポップス畑では、皆無に等しいでしょうね。何とも御粗末な、情けない話。まあ、テレビをつければ、如何にレベルの低い音が垂れ流されているか、瞭然ですが。グラミーを見る度、
「これに等しいものは、永遠に日本ではあり得ないな」と思います。

 ふたつ目は、映画「ブルースブラザース」に、楽器店店主の役柄で出演し、何とも味のある場面を見せてくれたこと。筋は、バンドを再結成したブルースブラザースがツアーの為の楽器を調達にレイの店に来て、レイとバンドメンバー達のやり取り、といったもの。
 何かと面白いシーンで、レイは盲目、と知っている少年がギターを万引きに来て、今や盗もうとするところに、レイが壁に45口径を撃ち込んで、その子は逃げ去り、レイの一言。「少年非行の行く末を思うと、胸も潰れる思いだ」。

 引き続いて、ブルースブラザースのピアニストが、店内のフェンダー・ローズ(エレキピアノ)を弾いて、「レイ、こいつはダメだ! 調子が狂ってるよ! それに、高いや」と言うと、レイが「そんなことはないよ!ひとつも調子は狂って無いし、値段だってちっとも高くない。黒い鍵盤はサービスだよ!」と、そのピアノで弾き、歌い始めるというシーン。ノリにノッタ後、「レイ、こいつをもらうよ!」を引き継いで「どうせいつもどうり、つけだろう?」
 思い出しただけで、おかしくなっちゃったな。最高に楽しい映画だったな。
 レイのヒット曲は数あれど、私が最も沢山弾いたのは「我が心のジョージア "Gorgia on my mind" 」、ホーギー・カーマイケル作の古い歌で、スタンダードとして、様々なシンガー達が歌っています。
 私がこの曲を知ったのは、まだ10代の頃で、駆けだしのバンドマンだった。で、この曲は毎晩のようにステージで弾きました。当時、右も左も分からないガキだったけど、「この曲とは長い付き合いになるんだろうな」なんて思ったのを憶えています。
 決して大層難しい曲では無いけれど、ブルージーな加減が難しい曲で、レイの歌い回しは、何とも素晴らしいと感心していました。

 こっちの歳を思うと、今後もきっと益々沢山のお別れをするのでしょうが、何とも寂しいものですね。只、そんな素晴らしい人達と同時代を生きられた喜びは、希有のものだし、本当に感謝したいと思います。
 「音楽はミュージシャンという触媒を通した、神様からの贈り物」は、パパ(ペペ・ロメロさん)の信念ですが、私も心からそう思います。だから、レイ・チャールズという偉大なる触媒に、心から敬意を表し、哀悼の意を表したいと思います。合掌。

 

5月30日

 人生には色々と宿題が残ってゆくようで、原因は様々ですが、私の場合は悔恨とし て心に刺さった小さな棘が、普段は忘れているんだけど、何かの折に引っかかって、 チクッと「アイテ」と思ったりします。

 私は今まで、ソロのリーダーアルバムを一枚も作っていなくて、折あるごとに皆様 から「作れ作れ」とおっしゃっていただき、「そろそろ作ろうかな」と思いつつ速数年。この度、ようやく重かった腰が上がりまして制作することにしました。来年の2月末頃にはリリースします。収録作品のコンセプトは、(1)クラシックギターを使用した独奏(2)クラシッ クの作曲概念上で書いた自作曲を中心に。

 ということで、現在、時間を見つけては作曲しております。とりあえず、収録時間25分程度の作品は出来たので、まあ、道半ばと言ったところですが、まあ、時間が 掛かります。
 そんな中、「宿題に立ち向かわなければ」という思いが強まり、今まで直視せず逃げ回っていたような後ろめたさを感じつつ、まさに今、御輿が上がらんとするところなんです。
 その宿題とは、「レクイエム(鎮魂歌)を作曲すること」なんです。
 切っ掛けは、今からもう15年程前だったでしょうか、友人としょっちゅう通った飲み屋がありまして、そのマスターと親しくしていたのですが、そのマスターが急死したんです。
 話せば長いのです。まず死んだ状況ですが、店を閉めた後、カウンターにもたれかかって死んでました。死因というか、そこに至る経緯と言えば、まあ、アル中なんですね。死ぬ前の1年程は、店を開けても自分がもう酔っぱらっていて、まともに仕事をしない(注文しても料理を作りたがらない)なんてことが、まま有り、徐々に常連さん達も足が遠のいていたり。
 で、何でアル中になったかと推測するに、「観念的な自殺」じゃなかったのかな? と思います。要は、もうどうでも良くなってしまったんですね、生きてゆくことが。勿論、元来の酒好きが根底にあったにせよ。
 それは何故かと言うことですが、どうやら、とても愛し合っていた奥様が亡くなってから、深酒が多くなった様子。奥様はまだ若かったと思うのですが、確かガンで、 気づいたらもうアッという間に、という感じらしかった。だから、マスターもショックだったんですね。
 で、時を同じくして、区画整理のためにお店の移転と、大きく環境も変わり、心労も激しかったと思います。
 奥様との話は、何度か聞いたことがあって、どうやら大恋愛の末、すったもんだの挙句、ようやく叶った仲だったようです。どうも、やくざ絡みのトラブルだったらしいのですが、詳しくはもう私も忘れてしまいましたが。まあ、マスターの奥様を愛する熱意が、何とか2人を取り巻く困難を押し切った形だったらしいです。

 私は、これまでの人生、様々な方から心に残る言葉を戴いていますが、このマスターの「女を愛するには、熱意と誠意だよ。一に誠意、二に誠意、三四も誠意で五も誠意! 」の言葉には心から敬服するし、感動もし、頭が下がります。
 奥様を弔い、店も新装開店し、その頃から私もお付き合いをさせていただいたのですが、徐々に飲みすぎで弱ってゆくのが目に見えました。古い常連さんを始め、皆が口々にたしなめたのですが、どこ吹く風。
 で、亡くなる半年ほど前、一緒に店に通っていた友人が引っ越してしまったこともあり、私も足が遠のいてしまったのです。
 たまに町で見かけると、もうヨタヨタして、大分弱っていて。「相変わらずしょうがないなぁ」なんて思っていましたが、会いに行くのが何だか気重で、そのままになってしまったんです。
 そのうちに訃報が届き、私の心には、まずは悔恨の想いが廻りました。「身寄りがないので、告別式には一切の香典や献花をお断りして、こうやってくれ」と、マスターの古いなじみの方が頼まれていたらしく、私は焼香にだけ行きました。
 その時、心に決めたんです。レクイエムを書こうと。その日から今日まで、何度か取り組もうと立ち向かってみたのですが、何故か私はそれに直面するのが躊躇われ、手つかずになっていました。

 何故、今頃、決心がついたかと言うと、残念ながら、「観念的な自殺」と思えるような訃報が、又、届いてしまったからなんです。親戚筋の、私と同年代の男だったのですが。皆の心に、悔いを残して逝ってしまいました。
 自分の人生も半ばを過ぎ、これからの人生を思うとき、宿題だった「ソロアルバムの発表」と「レクイエムの作曲」を片付けてしまいたい気持ちなんです。何だか、溜息と共に想いを吐き出すようですが、今の私には、高らかにそれを宣言する心の元気が無いように思えるんです。
 私も酒好きです。しかし、ギターを愛している限り、私はきっと酒に、大したことは求めないだろうし、適切な距離を保って付き合えると思っています。だから、溜息をつきつつも、ギターの神様に感謝したいんです。

 まあ、今度一杯やるときは、マスターの分と彼の分と、そして私の分と、グラスを3つ並べて干そうと思います。気軽に酌み交わすつもりで。「献杯じゃぁ、ないよ。 乾杯!」と思って。
 もうじき私はレクイエムの最初の音符を書き、そして、皆様にCDでお届けできるよう、頑張ります。応援してください。

 

4月25日

 晴れて暖かくなると、爽やかで気持ちがよい季節ですねぇ。私の好きな歌のひとつに、「5月のパリが好き」(シャルル・アズナブール)があるのですが、パリじゃなくたって、こんなに気持ちの良い季節、自分の町が、いつもよりは一層、好きになれるんじゃぁないでしょうか?

 私はといえば、2月後半からの体調不良が長引き苦慮しておりました。なんと、「慢性じんましん」などになっておりまして、ほぼ毎日「抗ヒスタミン剤」を飲んでいる有様。しかし「じんましん」て、不思議なのですね。医師に聞いたのですが、検査によって原因を特定できるのは10%程度だそうで、殆どは原因不明。多くは、ストレスということらしいのですが。
 かく言う私も御他聞に漏れず、強いストレスを感じていたのでしょう、検査の結果、原因不明。激しい痒みに襲われていましたから、薬で痒みを止められるのは有難いのですが、抗ヒスタミン剤は腎臓に悪いそうだし、何ともはや、困ったものだ。

 今回の治療で、私は初めて抗ヒスタミン剤を飲んだのですが、その中のひとつは副作用として眠くなるもの。以前、私は医師から「眠くなりますよ」と言われた薬を何度か飲んだことがありましたが、一度も眠くなったことが無かったんです。しかし。今回は、来ました。眠いのなんの・・・。初めて飲んで1時間後、電車に乗っていたのですがうつらうつらと、まあ、気持ちの良いこと・・・。しかし、レッスンは困りました。もう、眠くてしようがない。しかし、痒くなるのは困るので、トホホ・・・な有様、数日。痒みはすっかり押さえ込めたので医師に相談し、眠くなる方の薬を止めました。
 おそらく、この薬は花粉症の方に処方するものと同じだと思いますから、まあ、花粉症の皆さんは、何ともお気の毒としか、言いようがありません。

 じんましんについて、後日、いつもお世話になっているトレーナーの方に相談したら一言、「水だ!」。「東京に引っ越して、もう3年近いんだろ?水だよ!水が合わないんだよ!しばらく買った水しか飲んじゃダメ!」ということで、日々、重い買い物をしております。

 話は変わって。先日、親友と飲みました。教室の近所に素晴らしいワインバーがあるのです。私は、すっかりその店の大ファンになってしまったので、事あるごとにその店で飲みたいわけです。料理良し、ワイン良し、サービス良し、雰囲気良し、BGM良し、料金安く、全く持って最高!私の尿酸値が低かったら、毎日行っちゃう。
 この日もその店で堪能した後、場所を変えて、シングルモルトのスコッチを。2人、心おきなく心の内をぶつけ合って夜は更けたわけですが、何とも良き友を持った幸運に勝るものは無いような気がします。それを、良い酒、旨い料理、良い音楽が彩ってくれる。まあ、幸せな晩だったなぁ。その日、昼間は結婚式の演奏でとても楽しく演奏していましたから、私にとっては最高の一日となったわけです。

 この日、つくづく思いました。何にしても、気の持ちようだと。分かっちゃいるけど、そう簡単に深層心理なんて変わらない。だから、こうやって、誰かから良いエネルギー、善良なエナジーを頂戴するのが大事だなと。私の仕事も或いは、生徒の皆さんに某かのエナジーを差し上げる職業ですから、へばってばかりもいられない訳で、まあ、1日も早く、完全なる元気印になりたいものだと、切に願っております。

 

3月14日

 最近1ヶ月ほど、甚だ体調が悪く困っています。直接的な原因は思い当たらず、まあ、ストレスだろうと思います。症状は、身体全体が痒くなり、かくと腫れてしまう。これがもう1ヶ月。多少良くなる日もあるのですが、劇的な改善は見られず。また、湿疹も活発に活動、吹き出物、水虫(殆ど治った)など、皮膚疾患のオンパレード。ほとほと閉口してしまいます。
 そんな訳で抵抗力も落ちていたのでしょう、持病の扁桃腺も猛威を振るい、と豪華キャスト総出演と賑やかなこと!それでも1日も仕事を休まずと、我ながら呆れてしまいます。
 よって最近は、休日の日曜日は殆ど外出せず家で休んでおります。かかりつけの漢方医の処方で投薬を続けていますが、いやはやなんとも・・・。早くスッキリと元気になりたいものです。

 そんな中、今までの人生で辛いことや、やりきれないことに直面したときに音楽が救ってくれたのを思い出します。で、今回も色々聞いてみた。そこで再発見したのが、ポール・サイモンでした。
 ポール・サイモン。ご説明の必要も無いほどのスーパースターですね。最近はサイモン&ガーファンクル再結成で注目を集めています。今回の再発見を期に、以前聞いていなかったアルバムを購入したり、DVDを見たりと自分の中での再発見の日々。当時(私が以前、懸命に聞いた時期のこと)私が若くて分からなかったこと、聞き取れなかった背景などが、こっちが成長した分、良く分かるようになっていて、改めて感心、感銘、感動いたしました。で、私の心をとても救ってくれる。それは当時も同じですが。

 彼の作品のなかで、私が最も感動し、影響を受けたのは1974年発売のライブアルバム「Live Rhymin」でした。収録曲目がヒット曲オンパレードの様なラインナップだったので購入したのを憶えています。
 購入当時、私は中学生だったので、はっきり言って良さが分かったのは高校生になってからのことでした。以降、人生の折々に再発見し、自分の成長に伴い、共感したり、教えられたりと、何度も私を救ってくれた。
 彼の詩人としての素晴らしさは、改めて私が言及する必要がないほど知られていますが、かく言う私も大々大々大々影響を受けたわけです。ここ10年以上聞いていなかったし、最も心酔していたのが何年も前のことなので、具体的には、具体的にどう影響を受けたのかを忘れてしまっていたのですが、今回、再対峙してみて驚きました。なんと、様々な言葉が、そのままの形で自分の考えの基盤になっていて、今の私の価値観を形成している部分が大きい。誤解を恐れずに言えば、私の性格形成、人格形成に基礎になっている。

 で、今回もそのアルバムから、再発見が始まった。それはサイモンの再発見でもあり、私自身内部の再発見でもありました。誰にでも、自分の変えるほどの影響を受けた作品がある。私は、殆どのジャンルを渡り歩いてきたので、ある意味では節操がないほど、多方面にいくつもある。で、職業上、「あなたが影響を受けた作品を紹介してくださいませんか?」とリクエストされることも多く、また、生徒さんに、その方の状況に応じてお勧めしたりすることも多い。
 で、今回の再発見を期に心に去来したのが、「沢山お勧めしたい。音楽が人間にしてくれることを、沢山、実例としてご紹介したい」という思いでした。で、この「ギター日記」でご紹介するより、メールマガジンで配信しようかなぁ、と思っています。ウエブマスター君と打ち合わせのうえ、是非とも実現したいと考えております。
 第1号は当然、ポール・サイモン「Live Rhymin」を予定しています。近日中に、メールマガジン申し込みフォームが出来ると思いますので、是非是非、お申し込みのうえお付き合いいただけますよう、お願いいたします。

 

2月23日

 幾日か暖かい日が続きました。やはり、それだけでだいぶ気分の良いものですね。1月後半から2月一杯くらいは、丁度、生徒さんも入れ替わりの多い時期となり、私も少し、外回りの時間が取れます。(入学案内を店頭に置いていただくためのお願いに、楽器店などへ)

 ギタリストとは特殊な人種だそうで、自分の楽器をこれほど溺愛する人種は他にないとか。
かく言う私もその一人で、CDを聞けば「このギターは良い音だ」、雑誌を見れば「このギターはかっこいい」、カタログを見れば「弾いてみたいな〜」なんて。
 そんな男が楽器店を訪問して歩いちゃうわけですから、もう大変。当然、私の持病の「ギター欲しい欲しい病」がムクムクと心の中で動き始めるわけです。わかりやすく言えば「発情」した状態とでも言えましょうか。まあ、居てもたってもギターのことばかり考えている始末。我ながら、困ってしまいます。

 今月も何店舗もお願いして歩きましたが、それぞれのお店に特色があり、それだけでも楽しいものです。オーナーさんの考え方が品揃えや店員さんの対応に現れておりまして、ちょっと雑談するだけでも楽しいし、勉強にもなる。「皆さん、ギターが好きなんだな〜」と、つくづく思いますね。ホントに。
 で、何度か伺ってお世話になっている内に「ちょっと弾かせていただけませんか?」なんて、楽器を見せて頂いたりして。特に、私はクラシックギターの世界に入ってから、他ジャンルの高級ギターを、何年間も、真剣に見ていなかったので、今月、方々で弾かせていただいて、新発見も沢山ありました。
 まず感じたのが、「時代が変わったな」ということ。まずは、韓国をはじめ、中国のギターの品質がかなり上がっているということ。それに応じて、「日本製が如何に生き残るか」を具現化し、打ち出しているメーカーさんが増えたこと。
 何の世界でも、「外圧にさらされ、企業の生き残りを賭けての努力」という図式は同じだなーと。

 話は変わって。先日、あるプロデューサーの方と一杯やった時のこと。女性ジャズボーカリスト(私の大好物)の話になり、その会話の中で、ダイアナ・クラークなる女性ジャズシンガーは素晴らしいということを聞き、早速CDを購入、聞いてみました。彼女はもうかれこれ10年来、大活躍なので、私は聞いていてしかるべきなのですが、その間私が、意図的にジャズを含む黒人音楽から遠ざかっておりましので、今回が初めてになりました。
 ナットキング・コール・トリオと同じピアノ・ヴォーカル&ギター&ベースのバンド構成に、曲によってゲストが入ったりオーケストラが付いてと、豪華版。
 ヴォーカルも良いが、ピアノがまた良し。音色(ねいろ)をコロコロと転がすような・・・。丸〜いピアノ。また、ギターのラッセル・マローンが素晴らしい。何が良いって音がいい。久々に手放しで楽しめたCDでした。最近、前述のとおりギター(特にフルアコ)欲しい欲しい病なので、こんなのを聞いたら、悪化の一途。益々困っ たもので・・・。トホホ。

 またまた話は変わって。たまにタワーレコードへ行くと、何だかボックスCDが、やけに安い。CD10枚組で2290円なんて。で、つい、買っちゃいますよね。エリントン、ベイシー、バード、ビリーホリデー等々。もう、帰り道、重くってしょうがない。だから、タワー行くときは必ずリュック持参。このシリーズは曲ごとのデータ(録音日、場所、メンバー)が整備されているのが素晴らしい。音も良いです。お買い得。資料としてお持ちになるの、お勧めします。
 黒人音楽に気持ちが戻ってきた・・・なんて話を書くと長〜くなりますから、またそのうちに。まだ少し、寒い日が続く折、体調には呉々もご注意ください。

 

1月18日

寒い日が続きます。私は冷え性なので、この季節は辛いです。特に手が冷たくなり、ギターを弾くにもなかなか暖まりません。もう、10代の頃からずっとなので目新しい事ではないのですが、年々歳をとるせいでしょうか、「辛さ益々」という気になってしまいます。毎年12〜3月は、早く本格的な春にならないかしらと思ってしまいます。
 年末年始、皆さんは如何お過ごしだったのでしょうか?生徒の皆さんに聞いてもまちまちなれど、やはり御実家にお帰りになった方が多いようです。
 その中で案の定、体調を崩した方もいらっしゃいまして、かく言う私もその一人。元旦に初詣へ出かけ、夕刻には帰宅し、前回分のギター日記を書きましてアップ。ノートパソコンのディスプレイをパタンと閉めて、「さあ、これで本格的に休みだ〜!」と言った瞬間に、熱が出ました。

昨年は大晦日、「イヤー、全部終わった。これで休みだー!」と言った瞬間に熱が出たし・・・。我ながら、全くもって律儀な身体だと思い、笑ってしまいます。
 正月は寝込んでいたわけですが、仕事が始まる5日の朝には、治っていました。只、当人は身体の底の方に、悪い状態が残っているのを感じていまして、11〜12日の連休で、再びじっくり休みを取り、「ようやく良くなったかな」と実感できた次第。
 しかし、話をしてみると同じような方が結構、多いのですね。生徒さんの中にも数名いらっしゃいました。共通点は、皆さん、働き盛りの年齢で、公私ともに責任重大な方々。お互いに自愛したいものですね。
 まあ、当人も普段から気力で乗り切っている部分は認識していますが、そろそろ年齢的にも気を付けないと拙いのかなぁ、と思います。まあ、今までより少しはキチンと休養を取り、心身共にケアしておかないと、後で高いツケがくるのだろうな〜と覚悟して。まあ、最低でも月に3日は休もう。

昨年9月に病院で健康診断的に血液検査をしました。当人は、血圧、血糖値共々、低いのを知っていましたから、「悪いところなんぞあるものか」と思っていましたが、これが見つかってしまったんですね〜、悪いところが。尿酸値が高く、痛風のテンパイどころかリーチ状態。いつ発病しても不思議は無い状態だったのです。ついでに脂肪肝だって。こちらは5段階評価なら2程度で、人様に自慢できる程じゃぁ無いん。意気地がない。しかし、尿酸値は立派なもので、リーチならずロンに近いもので、まあ、立派だなと。エヘン。
 で、発病してないものですから治療は無し。要は、「痩せなさい」ということで。
 「痩せる」「ヤセル」「やせる」。大好きな飲み食いを思えば、あまり楽しそうじゃありませんが、いたしかたない。
 で、ダイエットとまではゆきませんが、いくつか生活習慣を改善しました。まず、ビール及び発泡酒を飲む機会を減らしました。飲酒の習慣自体、回数を減らしました。また、口に食べ物が入っているうちは、箸で食べ物を持たないようにしました。これで、満腹感が大分違う。まあ、こんな程度ですから、当人はダイエットなんて感じていません。
 で、どうしたかって?痩せたんです、これが。9月中旬から年末までで6kg程軽くなりました。それに連れて不健全だった値も徐々に改善しております。

年末年始、会食の機会も多く、最近はめっきり変動ありませんが、そろそろ生活を立て直そうと思います。このままゆくと、今年の年末頃には、体重が軽くなりすぎて、自動ドアが開かなくなったらどうしようと危惧する有様。
 しかし、成人病予備軍ならず、リーチかぁ・・・と思うと、自分を客観視せざるを得ませんね。あまり楽しい作業じゃないけど。皆さんは如何でしょうか?「今年一年が良い年でありますように」という思いも重みが変わるものなのですね。
 ということで、今できることをしっかりしよう、と。まあ、皆さん、練習、勉強に励んで、早く沢山上達なさってください。誠意を尽くし、お手伝いさせていただきます。

 

1月1日

明けましておめでとうございます。昨年もお陰様で充実した年を過ごすことが出来ました。ひとえに、御愛顧いただきました皆様のお陰と、感謝申し上げます。有り難うございました。今年も一層の御高配を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

20代の頃は、「今年はこの位は上達して、こんな事をしたいものだ」なんて思うと、年半ばには充分に実現してしまったりと、今から思えば夢のように若かったのかなぁ?なんて思ってしまいます。その頃の私を知る人に言わせると「”何月にはこういう風に弾けて、こういう新たなアプローチに取り組む”というようなことを方々で公言し、100%そうなっていた」ということなので、あながち当人の贔屓目では無かったと思います。
 ところが最近では、年初の希望もなかなか叶わぬことも多くなり、その現実を真摯に受け止めざるを得ない日々の中、忙殺され歳をとる現実を取り立てて疎ましいとも思わず、当たり前に暮らせる幸せを心から感謝し、享受しております。まあ、よく言えば成熟したし、悪く言えば歳をとった訳です。
 しかしながら、昨年後半、作曲家としての自分の特質をじっくりと考えざるを得ない機会が重なりまして、その中で自分の音楽家、或いは人間としての本質のようなものを再発見したような気持ちになり、改めて、時間を割いて取り組まねばと反省いたしております。
 何が言いたいのかと言えば、「今だから出来ること、それを積極的にしなければ」ということなんです。

先日も転職に直面する方々のことを少し書きましたが、転職において良い結果を引き出した方々の特徴は、積極的で前向きだったことに尽きます。まず、年齢や環境を言い訳にしない。
 よく「自分はこれをするには歳をとりすぎている(または、若すぎる)。子供が学校に入ってからのほうが良い、親の病気がもっと良くなってから(時期の先延ばし)」などと、本来なら積極的に状況打開に向け活動できる時間を、あたらい訳探しに終始し、自分の心に都合の良い風にしかしない、なんて方が沢山いらっしゃる。
 だが、これは最悪ですね。昨年、このギター日記の1月1日版に書きましたが、ガンと戦い死んでいっ佐藤健さん。彼の闘病ルポの中に、彼が医者に言われた言葉で「酒、煙草はすぐに止めてください。それが出来なければ、私は治療しません自殺したがっている人を助ける気はありませんから」というくだりがあります。
 前述の、自分に都合の良い言い訳を探す人生って、これと同じじゃぁないかと思うのです。勿論、楽で楽しいばかりじゃぁ無いのは当然。ただ、その向こうに良きものがあることを、自分の心は最初から知っている。だから、本気で始められるかどうかが問題で、始まったら挫けずに続けること。そうすれば後は時間の問題なんですね。

今日、初詣へ行ってきましたが「私の知る皆が健康で幸せでいられますように」と素直に祈ることが出来ました。こんなにすんなりと他人の幸せが祈れるようになったのは、私が皆さんから幸せを頂戴して、満ち足りていられるからなんだと、感謝の念に耐えませんでした。
 今年も互いに、頑張りましょう。まずは自分のために。そして、それが実って当人が幸せを感じていると、それがその人を知る皆にとっての最高のプレゼントになることを信じて。
 そして、自分が苦難に立つときは、ギターを愛した偉大な精神達が、常に共にいてくれること忘れずに。