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ギター日記

2005年ログ

11月13日

 11月6日行田市商工センターでのソロリサイタルが無事に終わり、一段落で、やや疲れが出たのか体調が今ひとつでした。生徒さんの中にも、風邪で体調を崩し、なかなか復調しないと言う人も多く、私の身の回りでは具合が良くない人が多いです。急に寒くなったからでしょうか?

 6日のコンサートは、私の生まれ育った行田市での開催で、地元の皆さんの暖かな御厚情に支えられ、感謝に堪えません。だいいち何人、「昔あんたの“おしめ”を替えてあげたのよ」とおっしゃる方が居たのだろうか? 当日は生憎、終演時には雨となってしまいましたが、多くの皆さんに来場いただき、嬉しい気持ちで演奏できました。

 そこで今日は、故郷という話。私は行田市で生まれ育ち、今でも毎週レッスンに帰っているので、この町を離れた気がしません。天気さえ良ければ散歩をするし、教室の近隣なら正しく庭のようなものです。自分でも驚きますが、近所の公園の木々、一本一本にさえ想い出があり、曲がり角ひとつにも、心に焼き付いた光景があります。何だかそれは私の一部の様な気がして、記憶の一部というよりも、もっと深く自分に刻まれているように思えます。

 初めてのギターも、レコードも楽譜も、皆、町内御用達だったし、恋した相手も行田ジェンヌが多かったし、味覚も感性も知識も経験も、そして友人も失敗も全てこの町にありました。今、私は、これらを愛しいと思っていますが、今まで常にそう思えていた訳でもありません。

 何でもそうですが、何かを知れば知る程、ネガティブな面にも直面し、それに縛られるわけで、多くの人達はその気分が強い若い時期に、故郷を離れるケースも多いでしょう。かく言う私も、行田が抱えるネガティブな問題点に直面するし、ポジティブな点を語るより、問題点を列挙する方が多いかもしれません。

 しかし、その上で好きでいられる訳なので、まあ、「愛している」のだと思います。今、私は東京に住んでいるので、ずっと行田に住み暮らしていた時分に比べ、正確にこの町と自分の関わりを見ているのだと思います。きっと、これは重要なこと。

 スペインに移住した友人と話した中で印象深く憶えている言葉に、「外国での経験が無いスペイン人は、付き合ってみて、どうも根本的な問題を感じるし、どうしても理解し合えない」というのがあります。まあ、凄まじくナショナリストな人達なので、一度、自分達の常識が通用しない場所で暮らしてみないと、仲々客観視出来ない、ということでしょう。でも、多かれ少なかれ、皆、そうなんでしょうが。

 で、今、外部から行田と関わる面も生まれ、一層この町が私にとって何なのか、よく分かるようになってきたような気がします。私はどこに住み暮らしても、心は行田市民なのだと思うし、故郷と言うにはあまりに近い(あらゆる意味で)ですが、紛れもない私の故郷だと思っています。

 

お酒が飲める人は、飲めない人より、絶対幸せですよね。それと同じで、故郷があり、かつ愛せる人は、そうでない人より幸せなんだと思います。だから私は、やはりラッキーなんだなぁ、と思うのです。

10月16日

 ようやくギター日記が書けます。まったく時間の捻出が難しく、2ヶ月もごぶさたしてしまいました。 デイリーニュースも更新できていないしで、皆さんをがっかりさせてしまっているかと思うと、心苦しいかぎりです。こういうペースのこともありますが、気長にお付き合い下さいね(笑)。

***

 今年は私にとって、大きな転換へのきっかけの年になっているように思えるんです。
 1月から始めたCDの録音。4月、ペペ・ロメロさん来日コンサート、出来上がったCDの発売や月謝等の変更。5月から「音楽理論連続マスタークラス」開催や自身のコンサートの企画準備、9月にはパパの再来日‥‥と、本当に様々なことがあり、なんだか必死に大揺れの船にしがみついていたがごとくで、それらの一つ一つをゆっくり振り返る暇もないまま、気がつくと、10月も半ばじゃないですか。

 今思い当たるのは、それらのいくつかが、心に蒔かれた種になり、出会いを呼び、新たな課題を生み、私はこれから更に続く道の過程にいるんだなぁということ。
  ペペ・ロメロさんに教わったこと、導かれたことなどをご報告するのはまた次の機会に譲るとして、今回は私の「10年」という歳月について書いてみたいと思います。

 私が埼玉教室を始めたのが、1995年10月だったので、今からちょうど10年前。まったく早いもので、今現在の姿など予想出来ませんでした。

 その年の夏、じっくりとスペイン各地を回ってみて、いろいろと感じることがあり、ギター教室を始めることを決心し、成田に着きました。で、早速、資金調達し10月、開業にこぎつけました。それ以前私は、友人の絵描きさんに「死に場所を決めなきゃ駄目だよ。そうじゃなきゃ、芸術なんて出来ないんだからな」と言われたことがあり、そしてその真意が理解できていなかったのですが、その言葉は深く私の心に引っかかっていました。

 そして、スペインで感じたことのひとつに、「多くの人たちは自分がここで生きていることに疑念を持たず、誇りを持って生きている」ということだったのです。まあ、一昔前の日本でも当たり前のことでしょう。しかし、価値観が多様化した現代に、こう割り切るには、私はまだ少し若かったのですね。

 しかしこの夏、私は「ひとまず今いる場所に、しっかりと立とう。根を張ろう」と決心できたし、そしてその種は、今日に繋がったわけです。

 この時の判断が正しかったどうかは、分かりません。それは、私が死ぬときに自分の主観で判断することで、その時にならなければ分からないし、もちろん、他の誰にも分からないこと。

 10年ひと昔、といったのは、もう、この時代にそぐわなくなっていると思います。これだけ変遷の早い時代なら4〜5年が「ひと昔」でしょう。確かに私も、東京教室を開催して4年経過ですから、それは埼玉教室を始めてから、6年目の転機だったわけです。今現在私は、この転機はやや遅かったと思っていますから、やはり5年程度で何かが閉塞してくるのでしょう。

 さてさて、そして今年。前述したように、いくつかの種が蒔かれたことは間違いなく、これが今後、どう展開してゆくのか、来年以降に繋がるわけで、当人にもまったく予想がつきません。何れにせよ、今と変わらず、生徒さんとのお付き合いを軸に生きてゆくのでしょう。只、互いに切磋琢磨して高め合いたいと願って止みません。

 この10年で、とても沢山の生徒さんたちと知り合い、お付き合いしてきました。印象深い方も多くいらっしゃるし、もう召された方もいる。そして私は今、「私がギターで人に対して出来ること」をやって生きている原則は、10年たっても、まったく変わっていないことを発見できたし、きっとこれからもそうなんだと思っています。

 ギターを愛した偉大な先達、精神達が切り開いたこの肥沃な大地に立ち、「私がギターで人に対して出来ること」に誠意を持って取り組む限り、私の肩には、この偉大な精神たちの手が置かれ、私を導き守ってくれているということを、私はパパから教わったまま、信じることが出来そうです。

 そんなわけで、10年、ありがとうございました。これからもますますよろしくお願いします。

8月17日

青年女子バレー大会 都内に限らず、最近は練習事情が難しい人が多いです。アコースティック・ギター・タイプの生徒さんの多くも、サイレントギターを持っていて練習しているようです。
 感触が悪い、サウンドがつまらない、などなど、デメリットも多いですが、深夜でも近所に迷惑にならず練習できるメリットは大きいです。まあ、便利な道具ってところでしょうか。

 かくいう私も使用しております。ギターを職業にしているのに、なかなか自分のための練習時間は「充分」に捻出できているわけではないので、帰宅してから左右のメカニック・トレーニングをすることが結構あります。だから、電子メトロノーム(こっちも音量調節型じゃないと駄目)とサイレントギターのセットは、必需品となってしまいました。
 いずれは、周りを気にせず深夜でも弾ける環境になりたいものですが(埼玉教室はOK)、東京だとなかなか難しいですね。防音ブースなるものもありますが、狭い空間に押し込まれて、というのが気に入らないし、まあ、難しいです。

 また、練習は基本的に「毎日繰り返す」ことが重要。その中で望める上達は、サボってしまった日がある場合と比べ、ビックリするほど違います。ギター演奏は「手」にとってはスポーツですから、その辺はスポーツ選手と同じですね。で、旅行のときもサイレントギターは必需品、ということになります。

 先月の連休を利用して、秋田県は男鹿半島へ旅行に行ってまいりました。夜10時過ぎに、新宿から夜行バスに乗って秋田駅へ。乗り物で眠れないはずの私が、少し眠れたので、ずい分と楽に感じました。
(高速バスで一睡も出来ないのは辛い)で、翌朝の6時過ぎ、秋田駅へ到着。さてさて、予約したレンタカー営業所の開店は8時。これから2時間、待たねばならないわけですが、こういう場合、私にとっては、格好の練習時間なんですね。通り過ぎる人にじろじろ見られたりしますが。そんなことはどこ吹く風。いつも通りのメカニックトレーニング・メニューをこなすわけです。音楽を弾くわけじゃないから、もし、周りで聴いていてもツマラナイから、特に足を止めて耳を澄ます人も無し。

 写真は、秋田駅東口のバス停で練習しているところです。いつものように、あっという間に1時間経過。で、7時半くらいにファストフード店で朝食をとり、8時過ぎにめでたくレンタカーに乗って男鹿半島へ出発しました。
 男鹿半島は初めての訪問だったのですが、あまりの美しさに感動しました。緑深くなだらかに続く丘、切り立った岩場の海岸線や、砂浜、風に削られた浜辺の岩など。特に緑のアップダウンを縫って、車を走らせると、その美しさにしばしば車を止めたことが多かったです。あいにく天候は今ひとつで、遊覧船も海のシケのため欠航になってしまったりでしたが、堪能できました。
 また、古い友人が秋田市に住んでいるので、帰りの晩、13年ぶりの再会をし、ゆくっり一杯出来たのも良かったな。互いに13年分、老化してるけど、なんだか、つい先日まで、ちょくちょく会っていたような気がして、不思議な感触でした。

 家内いわく、我々にとってこの時期のこの方角は運気にとって良ろしい、ということで、到着の朝、秋田駅で宝くじを買ってみました。今日、抽選だ。楽しみだな。(一緒に買ったロト6は大ハズレだったが)
3億当たったら、ともかくギターを買おう。多分、1日で2千万くらい(ギター7〜8本ね)、簡単に買えちゃうな。東京って、すごいところですね。私が「欲しい」と思えるレベルのギターが、これだけ普通に在庫されていたりして。
 そうしたら、もうサイレントギターとは、おさらばでしょうか?そうなりたいモンですな。もし億万長者になっても、レッスンは止めませんよ、絶対に。生徒の皆さんとのお付き合いは、私にとってかけがえの無いものですから。
 さてさて、当たるかな〜?

8月2日

 しかし暑いですね!蒸し暑い。週末なんか、凄まじかったですね!生徒さんの中で も、体調を崩される方が出ております。十分、気をつけたいですね。
 しかし、ここ数年、凄まじい暑さの夏が来ますね。私が子供の頃は、もっと凌ぎ易 かった様な記憶がありますが。例えば、「今日は暑かったね!30度いったもんね!」
なんて言ってた記憶がありますよ。埼玉県ですよ、北海道じゃなく。ホントにどうしちゃったんでしょうかね?みんなが気付かないうちに、少しずつ南に下がってるんじゃないでしょうかね?列島ごと。全く、今の日本は、ホントに温帯地帯にあるんでしょうかね?

 昔は、今よりも夕立が、もっと頻繁にあったような気がします。夕方、ザーッと来て、スッと上がって涼しくなって。で、夜なんかは、もう、扇風機や団扇で十分、なんてかんじで。思い返すと、「エアコンが無くっちゃ、居ても立っても居られない」暑さの夏だ! と感じたのは、確か昭和51〜2年頃から、と記憶しております。ピンクレディーの大ブームが日本列島を覆っていたような、そんな頃。「アスファルトが溶けてるんじゃないかな?」なんて思ったの、憶えてます。
 私はスペイン・アンダルシアで48度なんてのを経験してますから、35度なんてのじゃ、これっぽちも驚きゃしませんが、いかんせん、湿度が凄まじく高いのがイヤだ。もう、蒸し暑いのは、耐え難いですな。
 まあ、商売、商売で「夏は暑くなくっちゃ困る」なんて方も多いんでしょうから、まあ、せいぜい健康に気を遣って、無理をせず、楽しくギターを弾いて、乗り切りましょう。

 話は変わって。最近、マスタークラスが音楽理論の連続講座ということで、概ね3週間おきに開催しております。で、終了後、何人かと連れだって一杯ご一緒したり。
で、この時間は私にとって、とても楽しいひとときで、毎回、つい飲み過ぎてしまう有様で、お恥ずかしい限りですが、まあ、ともかく楽しい。
 で、私がいつも旨そうに食べ物を食べるものですから、勢い、食べ物の話題になったりします。「で、今までで一番美味しかった物は?」なんて聞かれました。難しい質問ですね!人生の最大級の難問かもしれません。あれやこれやと思い返してみても、すんなりと答えにたどり着くとは思えない。ただ、その時お答えしたのが、ある意味では私の大好物の定義のひとつであることに、間違いはありません。
 それは「もぎたての野菜を頂いて、それを出来るだけ早く食べる」事なんです。埼玉・行田教室は、生徒さんや親類縁者、ご近所の皆さんなどのネットワークで、よく、野菜を頂戴するんです。今日も、今朝もぎった真っ赤で柔らかいトマトを生で食べたのと、これも今朝もぎった茄子を、昼はフライパンで油炒め+唐辛子しょうゆ味。夜はシギ焼きにして、ショウガ醤油で食べました。何とも甘くこってりとした風合いで、大変美味しかったです。ある意味、すごく贅沢ですな。

 私はレバーが食べられません。飲み込めないのです。多分、食材としては唯一、拒絶反応を示す物です。で、数年前のある日、あるお偉いさんからお誘いを頂き、ゴチになりに出かけました。都内の某名古屋コーチン専門店。で、本日のお奨めとして 「レバ刺し、韓国風ソース」なるメニューがあって、ホストの方がこれをオーダーして、私の分も来ちゃったわけです。
 困りました。ただ、食えないと言いやすい空気でもなかったので、恐る恐る口に入れてみた。「!」。旨かったんです、これが。食べた当人が一番ビックリしてる。で、こう思いました。「俺はレバーが嫌いなんじゃないんだ!レバーの2流品以下が嫌いなんだ」と。要するに、極上で新鮮なら、美味しいんだと。「どうやら私が嫌いな食べ物は、3流以下の素材らしい」と気付きました。
 で、その後。やはり、今日に至るまで、レバーは食べていません。一度、間違って口に入れ、吐き出したことはありましたが。
 まあ、こんな想い出も、何だかヴィヴィットなもんですな。

6月27日

 毎日、暑い陽気が続いて、まったく夏ですねぇ、えぇ、空梅雨だぁ。これじゃまた、畑のもんが駄目んなっちゃうよー、困ったもんですねぇー、ったく。
 と、志ん朝師匠風な書き出しで始めてみましたが、困った天気ですね。九州じゃぁ、既に水不足が深刻化しているそうで、心配です。

 さて、今日は香りの話でも。最近、葉巻を楽しむ習慣が復活して速2ヶ月。モンテクリスト・4を喫煙しておりますが、ようやく吸うのに慣れてきて、旨く吸えるようになってきました。葉巻は、パイプと同じで、速く吸うと駄目なんですね。少し気が急いていると、片燃えしたりして、辛いし、旨くない。ゆっくりと落ち着いた気分で吸うと旨く吸える。日によって違うけど、1本で大体60〜80分程、楽しめます。最近は、週末、夕食が終わって家内と散歩がてら、ベンチに座ってゆっくり1本吸うのが習慣になりつつあります。誰かと話しながら、というのが、葉巻が燃えるのに、とても良いペースなので。アッという間に1時間経ってしまい、随分とリラックスできます。

 一人で吸っていると、少し速く吸ってしまいますな。さて、先日、2日連続で、同じ時間帯、同じ場所で吸いました。一人でね。その時に思ったことの話。
 初日は、何故か気忙しくて、葉巻が片燃えしてしまい、辛くなってしまった。翌日は、とても旨く吸えた。で、こう思いました。「人生も一緒なんじゃぁないか?」って。誰でも与えられた人生があって、(長さも太さも決まった葉巻みたいに)、それが少しずつ燃えてるのが、あたかも人生で、と。
 すると、元々はとても素晴らしい人生を持っているのに、吸い方(生き方、考え方)が悪くて、不味くしてしまっているのかしら?と。そう考えると、色々と思い当たる節がありゃしませんか?
 次は、オーデコロンの話。私は仕事柄、狭い空間で生徒さんと一定時間過ごすわけで、匂いにはとても気を遣っております。だから、デオドラント・スプレーは必需品で、且つ、整髪、香水の類は一切、使用しないでおりました。ここ数年は。スペインへよく行っていた頃は、オーデコロンを愛用していましたが。主にロエベ(革製品の老舗で有名だけど、コロンも良い)や、アグア・ブラバ(スペインでは結構一般的)など。

 しかし、前述の理由で使用しなかったのですが、最近は又、使い始めました。まあ、あまり皆さんの迷惑にならない程度の量と、気を遣いつつですが。高温多湿の日本では、この、量の加減が難しいところ。少し付けすぎると、ベタベタとまとわりつくような感じになってしまって。ただ、まあ、私はコロンが好きなので(気に入った物だけですが)、日常の仲で楽しんでおります。
 話題は変わって、洋服の話。私はどうも着る物には無頓着で、全く持って非道い格好をしておりました。当人が一向に気にしなかったので致し方なかったのですが、最近、気を遣うように改めました。

 若い頃は誰でも、着古した洗い晒し、よれよれ、安物、あまり似合わない物でも、若さで着こなしてしまって、さほど見苦しくないのですね。しかし、徐々に歳をとってくると、そうはいかなくなってきます。
 だんだん、貧乏臭く、貧相に見えてくる。かくなる私もこの経験をしました。それは、町中で不意に映って見えた自分の姿に愕然としたんです。「みっともない」「貧乏くさい」と思った訳です。
 鏡を見ていなかったのか?といえばそんなことはなくて、要するに、自分の中の自己イメージと、不意に映って見えた自己イメージがかけ離れ、ショックだったのですね。見ようと思って見る鏡なんて、自分の都合のいいようにしか見てないもんですな。これも人生の教訓だ。

 まあ、私のような職業ならば外見に気を遣うのは、本来、当然のことで(プロ意識として)全く持って私は、その点に関しては落第だったわけです、永きに渡り。
 しかしながら、最近は気を遣っております。今年の夏は「パナマの親父」がテーマで、やっております。如何なもんでしょうか?特に女性の皆さんに、ご意見を頂戴したいと思っております。


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5月27日

 早いもので、パパ(ペペロメロさん)が帰国なさって、速1ヶ月。夢のように月日は過ぎます。また、9月の来日も楽しみで、待ち遠しくてしょうがないです。

 さて、昨日、今日と、素晴らしい天気でしたね。日差しは強くやや暑いですが、私には爽やかで何とも気持ちがよいです。一年中、こんな天気だったらいいのにな、と思います。
 前回アナウンスした「ペペロメロさん日本滞在記」ですが、やや諸問題がありまして、{生徒さんのみにパスワードで入るページにて公開}との運びとなります。勘弁してください。只、生徒さんは楽しみですね!

 私も久しく、自分の音楽のためのコンサートを開催していませんでした。今回、CDの発表という、素晴らしい機会を持てたので、それを次に繋げるべく、秋から演奏活動を活発にする予定です。手始めに、以下2本のそろリサイタルが決定しました。

 11月 6日(日) 埼玉・行田商工会館ホールにて   2時30分開演
 11月26日(土) 池袋・自由学園 明日館 講堂にて 3時開演

レパートリー設定を始め、一切の妥協を廃した、私の真価を問うステージです。進退をかけるつもりで挑みます。ぜひ、お出かけ下さい。日程が近づきましたら、詳細を発表します。

 私は以前、ヘビースモーカーでしたが、早いもので、喫煙習慣を止めてから、もう4年以上経ちます。時たま、酒の席で吸いたくなったときは、同席している人に1本もらって吸いますが、せいぜい年に3〜5本程度。それに、止めてから月日が経つごとに、紙巻き煙草の臭いが嫌になってきたんです。以前はこんなこと無かったけど、どうも最近は、嫌に感じることがあります。

 しかし、時たま、葉巻はすごく吸いたくなります。パパは葉巻が大好きで、今回もお持ちになって吸っていましたが、当然ながら、私も付き合ったんですね〜。我慢できるわけ、ないものね。ハバナのモンテクリストという銘柄で、今回はNo.4というサイズ。旨かったんです、久しぶりに吸っても!勿論、肺には吸い込まず、ふかすだけ。香りを楽しむのね。

 で、パパが帰国して、その後。・・・。やはり、自分用に買ってしまったんですね。まあ、吸ったにしても、いいとこ数週間に1本くらいでしょうが。でも、久々のこんな贅沢も良いもんです。
 今日みたいな、素晴らしい日には、夕日を前にゆっくりと燻らせるのも良いでしょうな!残念ながらそんな閑は無いけれど。

 ところで、CDをご購入いただいた皆さん、如何でしょうか?聴いていただいているでしょうか?ご感想をいただくことも、少しずつ増えて来ております。是非とも、気軽にご感想など、お聞かせ下さいね。

5月13日

 久々のギター日記更新です。遅くなってごめんなさい。我がパパ、ペペ・ロメロさん来日などで、忙殺されておりました。自分のCDも完成、発売となり、目が回る忙しさで、ギター日記も書けませんでした。

 今回のテーマは3つ。まずは、ゴールデンウイークの話しから。
 5月1日〜5日、5連休しました。手つかずで、これだけの規模を休んだのは、何時以来だろうか?ちょっと思い出せないほど。CD制作で年末年始は1日も休めなかったし、半年ぶりか、或いはもっとかな?
 で、ともかく、休みました。「よくもこれだけ寝られるなぁ〜」と言うほど、寝ました。

 ある日などは・・・、「朝起きて、ご飯食べて、風呂入って、少しくつろいで、またご飯食べて、昼寝でそのまま夜まで。で、ワイン飲んでご飯食べて、そのまま歯磨きもせず寝てしまい、なんと翌日の朝まで起きないで寝ている」なんて。こんな日が2回ありました。悪かった体調も、日に日に良くなってゆくのが分かり、「かなり無理をしていたんだな」と思い知りました。ただ、不思議なもので、2〜3日の半端な休暇だと、根深い疲れが出てきて、休めど休めど、古い疲れが表出してきて、呆れますね!
 でも、まあ、天気良くて、芝生の上で昼寝したり、好きな赤ワイン飲んで、洋服のまま寝てしまったりと、永いことしていなかった風に1日を過ごせ、気分転換にもなりました。

 次はペペロメロさん来日関係の話。今回は関空到着から、離日の日まで御一緒出来、沢山の楽しい想い出と、素晴らしい教えをいただきました。それに関しては「ペペロメロさん滞在記」という形で、独立したコンテンツを作りますので、どうぞご期待下さい。
 今回はテクニックの深い部分なども教わり、自己のテクニックの再構築に取りかかろうと、決心いたしました。これから、時間をかけて取り組むのですが、いくつかのアイディアを、ひとまず皆さんに公開しようと、5月22日にマスタークラスを開催いたします。詳しくは、そちらのページをご覧下さい。

 しかし、素晴らしい方です。一緒にいる皆を素敵な気分にさせてくれる。皆をハッピーにしてくれる。正にカリスマ。ある歴史的な書物によると、西郷隆盛もそんな人だったらしいです。「何とも懐に飛び込みたくなる」ような御仁だったとか。
 歴史にジャックインする人は、格が違いますな。そして、そういった方と巡り会え、親しくさせていただき幸せだと感謝しています。そういったレベルの人は、そうは居ないわけで、そんな方と日常を共にすることは、正しく人生の学びなのですね。

 さて、最後は私のCD発売について。ようやく完成し、4月下旬に発売いたしました。タイトルは「遠い日のソナチネ〜リリカル・ポリフォニー・フォー・ソロギター」。
 クラシックギター独奏による、自作品集です。構想からは幾年月、作曲開始から速1年と、私なりに大きいプロジェクトでした。
 様々な悩み、葛藤のうえにたどり着いた形です。自分の中でも明文化出来なかった曖昧な部分を、ライナーノーツに評論をお願いした音楽評論家、濱田滋郎先生にお酌み取りいただき、素晴らしい文章、御評価をいただいたり、パパ(ペペロメロさん)に大変、誉めていただいたりと、嬉しいご褒美も得られました。
 今後、徐々にご購入いただいた皆さんから、様々なご意見、ご感想が出てくるでしょうから、楽しみにしております。

 10月くらいから、コンサート活動を活発に行いたいと思っています。是非とも、よろしくお願いします。 まだ、購入していない方は、すぐに買いましょう!

3月19日

  昨年後半から超多忙が続き、ギター日記もなかなか更新できずにお叱りを受けております。先週、4ヶ月ぶりに休暇をとりました。昨年、一昨年とも4〜5ヶ月間、一日も休んでいない、なんてことを平気でしておりますので、いつものこと、とも言えますが、今回は「自分のCD制作」「4・24パパのコンサート関係」「4月からのコース・料金変更」など、レッスン以外の重大事がまとまりまして、流石の私にもヘビーでした。

 CDですが、3月3日に最後のレコーディングが終わり、21日に音造りの最終工程〜マスタリングを行い、音源の作業は終了。ただいま、CDブックレット用の原稿を校正したり、英訳(英文も併記します)したり、校正したりといった段階です。予定では4月15日の仕上がり、発売を予定しております。自信作になりました。ぜひ、買ってください。 詳しくは、またご報告いたします。

 さて、ここ1ヶ月ほど、体調を崩して休む生徒さんが続出しております。特に、痔が悪化した方が多いんです。私も以前、悩まされましたが、今現在は落ち着いていて、全く症状がありません。
しかし、あれは痛いんですよね。どうぞ早く治してほしいものですが、私は生活習慣を改善することで、善くなったような気がします。

 何をしたかといいますと、まずは、座ってギターを弾く時間を、激減させました。自分のフォーマルな演奏姿勢を、立奏にしたんです。多分、クラシックギタリストで立奏してるのは、私くらいなもんでしょう。腰、背中、肩や尻の負担を軽減できる反面、ネックが不安定になり、左手のコントロールにリスクが発生するのですから、諸刃の剣。しかし、現在、私はこの選択をしています。何時かはまた、フォームを全面的に見直す必要があると考えていますが。

 次に、冷たいものを控えております。特に、飲み物に氷を入れることをやめました。せいぜい、真夏に少し、といった感じ。ウイスキー、焼酎共々、氷抜き。慣れてしまうと、そのほうが香り、風味が楽しめていい感じなんです。
だから、飲食店などで、身震いするほど冷たい氷水、冷やしすぎのビールなど、困ってしまうことがあります。何にでもマヨネーズ、また、卵だったら半熟(両方嫌い)の如き、ありがた迷惑な有様。困ります。
大体、ビールは7度が適温とされていますが、飲食店勤務の生徒さんに聞いたところ、冷蔵庫の温度設定は4度だとか。これじゃあ、ちょっと冷やしすぎ。

また、グラスを製氷室(!)から出してくるなんざ、もってのほか。サービス精神は大いに結構ですが、選べないのが癪に障ります。 サービスとは、「お客さん、何がほしいのですか?ホントのこと,言ってくださいね」が基本なんじゃないかと思いますが。皆が同じ、或いは、ごく一部のへそ曲がりは捨てちまえ、的な了見が日本の経営常識になってしまったんでしょうか?

さて、愚痴はこのくらいで。お蔭様で4・24ペペ・ロメロ東京公演のチケット、当校割り当て分はお蔭様で売り切れまして、何度か追加しております。誠にありがとうございました。当日のパンフレットに掲載する「曲目解説」もすでに書き上げまして、校正も進んでおります。パパも日本に来るのを楽しみにしているし、素晴らしいコンサートになることでしょう。待ち遠しいですね!

2月6日

 インフルエンザがこれから猛威を振るうとやら。また、今年のスギ花粉飛散量は昨年の60倍とやらで、空恐ろしいですなぁ。
 先週は、風邪でお休みした生徒さんが結構多かったです。どうぞ皆さんお大事に。まだ風邪にやられていない皆さんは、十分、注意しましょうね。

 しかし、風邪って、自分がひいていないときは「風邪かぁ、、まあ、たいしたことないなぁ」なんて思いますが、いざ自分で背負い込んでみると、なんとも鬱陶しいもので、閉口しますね。ましてや発熱したら、もう大変。震えで筋肉痛になってしまったり。 そんなときに見る夢って、すごく嫌な夢ですよね。体調が悪いとき、特に病気のときに見る夢は、とても嫌なものです。

 私は最近は、あまり印象的な夢を覚えていないので、これといって御報告するほどのものは無いですが、今までにみた夢の中で印象的に憶えているのをご紹介しましょうか。何だか結構、現実的な部分が多かったものですから、印象深いです。

 私の大好きな祖母が他界し、数ヶ月経った頃のこと。私は彼女への墓参りに行っていませんでした。 以前は亡祖父の墓参りに、元気だった祖母を車に乗せて、よく一緒にお寺へ行ったものでした。それをとても祖母は喜んでくれていまして、私も喜んでもらって嬉しくて、ちょくちょく行っていたわけです。まあ、私たちは、とても仲が良かったんです。

そんな折、墓参中の祖母が何の気なしに「私がお墓に入っても、今のように足繁く来ておくれよ」なんて言ったことがあって、その時は「何を馬鹿なことを言ってんのよ?そんなに大元気で!お迎えにくるほうが困っちゃうくらいでさぁ」なんて感じでしたから、大して印象にも残っていませんでした。

さて、その後。私は忙しさにかまけて墓参せず、他界した彼女に不義理すること数ヶ月、とうとう呼びに来たんですね、夢の中で。 こんな夢を見ました。祖母とバスに乗って出かける夢なんです。私はまだ子供で、彼女に伴われてお出かけ。彼女は普段の着物姿に白い割烹着。行く先は、子供の頃、彼女に伴われて遊びに出かけた、どこか覚えがあるようで、無いようなところ。時たま、彼女の友人達(おばあさま方)が友情出演。

しかし、生前はとってもおしゃべりだった彼女が、一言も話さない。ニコニコ笑って、私を見つめるばかり。 バスはいつしか、小さなマイクロバスに変わっていて、到着した先は、お寺の庭先だったんです。彼女がバスの座席に座り、変わらずニコニコと微笑んでいる素敵な顔で、私は目覚めました。

そして、私はこう言ったんです。全く無意識に、口が勝手に動きました。「おばあちゃん、愛してるよ」と。自分でも少しびっくりしましたが、すぐさま、もう一度繰り返したんです。今度は心を込めて。「おばあちゃん、愛してるよ」と。それは、私が彼女に対して初めて発した類の言葉でした。もちろん、日本的な家族関係では「愛してるよ」とは、あまり言いませんからね。 すぐさま、私がお寺へ車を飛ばしたのは、言うまでもありますまい。

しかし、その後は寂しいことに、彼女主演の夢が上映されないんです。もう7回忌も済んだというのに。たま〜に出てくるんだけど、チョイ役で友情出演がいいところ。助演女優出演も無。超破格のスーパースターレベルですな。誠に残念。 たまには夢に出てらっしゃいよ、と思うのですが、どうやら天寿をまっとうして召された方だから、あの世の居心地が良いのかしら?

世の中には、見ようと思って、希望の内容の夢が見られる達人がいらっしゃるそうですが、私のような素人じゃ、駄目ですな。 しかし、久しぶりに彼女主演の超大作本格作品が見たいところ。お待ちしてますよ〜、ほろ酔い加減で。

1月5日

 明けましておめでとうございます。いよいよ、明日から今年もレッスン開始となります。一層のご高配をお願い申し上げます。

 年末年始、皆さんは如何お過ごしだったでしょうか?帰省した方も多かったように思います。大晦日に本格的な雪だったので、少しびっくりしましたが、交通機関への影響も、最大級ではなかったようで、ひとまず、よう御座いました。
 私は相も変わらず忙しくて、お恥ずかしい始末。3〜4月頃に発売を予定しているCDの準備で全日程、使いました。

29日でレッスン日程を終え、30日はレコーディング用のサウンドチェックを終日。31日〜4日は連日、教室にて練習を4〜 5時間、自宅へ戻った後も、サイレントギターメカニックトレーニングを2〜3時間。今日5日は日中は取引先へうかがったりして、夕方から9時まで練習でした。日ごろの過労のせいでしょうか、ここ数年、毎年正月は風邪をひいて寝込んでおりましたが、今年はそれどころじゃない。風邪を ひく暇もないかな?と油断していたところ、28日の夕方から扁桃腺が痛み始め、翌29日の早朝は、あまりの喉の痛さに目覚める 始末。仕方なく、早々に薬を飲んでレッスン日程をこなしました。そのときの薬、抗生物質なのですが、まあ、一般的に「切れ味鋭く、即効性に優れる」といった感じの薬で、よく効くんです。結 果、望んだ通りの効果で扁桃腺は引き、発熱もたいしたことはなく、無事レッスン終了!ということで、まあ、良かったのですが。

 しかし私は、この薬にアレルギーがあるんです。以前、使用した折にアレルギー反応が出たことがあったんです。そのときは3日 以上、連続して服用していたし、1日程度の服用なら大丈夫だろうと思って。で、迷ったのですが、今後のスケジュールを考えると 、1日でも休むわけにはいかなかったので、この薬を飲みました。結果、現在アレルギー症状が出ております。(トホホ・・・)

 さて、そこで本格的に反省せざるを得ないと思いました。今まで、仕事を最優先し、心も体も、あまりにも酷使しすぎているので はないか?と。
 その場に居合わせた生徒さんには、ご心配いただいているのですが、実は昨年、レッスン中に数回、胸を押さえて屈み込んでしま った事が数回、有ったんです。間違いなく過労とストレスが原因です。

 当校は今年、おかげさまで開校10周年を迎えます。私の経営方針として「可能な限りの低価格で世界でも最上級のレッスン サービスを多くの方へお伝えしたい」をモットーに運営しております。
 当校は、私が代表取締役を勤める有限会社が、事業の一環として経営するもので、企業であるからには、利益の追求を第一義とし ております。したがって、「破格」と思える料金で、これだけの内容の商品を提供し続けることは、当初より多分に困難なことで、ひとえに、私が個人的に無理をすることで維持、運営しているのが実情です。
 しかし、その無理もそろそろ限界か?と思っています。具体的にどうするか?は、今後、生徒さんのご意見を伺いつつ、取り組ん で行くことになると思います。

 昨年は、生徒さんと「飲みに行きましょうか?」とご一緒して、ざっくばらんに話す機会を持つことが出来、色々とご心配もいた だき、勉強になることも多く、感謝しております。しかし、その「飲みに行く時間」を捻出するのに「3〜4週間前から準備しない と無理」なんて馬鹿な日常を何年も続けてしまい、まったく、考え込んでしまいます。
 しかし、まあ、今まで頑張って来て、多くの皆様にレッスンを受けることの重要性、効用などを実感していただき、より充実した ギターライフのお手伝いが出来て、喜んでいただけたわけです。

 そんな中で、当校の良さを十分に御認識いただき、御贔屓いただける生徒さんが大部分で、お付き合いをいただいている訳ですが 、中には、単純に他校との料金比較で来たり、或いは、誠意をもってルールを守ろうとしなかったり、明らかに冷やかしで体験入学 に来たりと「当校でなくてもいいじゃない?その辺の適当な教室でも行けば」という方もおり、今までは「ギターをより良く広める お手伝い、ギターで飯を食っている人間の社会への義務」と思って、そういった方にも誠心誠意、対応してきましたが、今年は断ろ うと思っています。

 というわけで、新年早々、重い話で恐縮だったのですが、思い切って書きました(迷ったのですが)。実は、暮れに、辛い訃報を もらったんです。以前、東京教室に通っていただいた方のその方の母上様からの、あまりに残念なメール。
 今度作るCDを聞いてほしかった、そう思えてなりませんでした。だから、私は一企業の内部問題に過ぎないような、前述の苦慮を皆さんにお伝えし、「私は自愛し、自分の人生をまっとうするた めに、健康でいられる努力を惜しまぬこと」に真剣に取り組み始めることを知っていただきたいと思いました。今年も、共に、ギターと取り組んでまいりましょう。