ペペロメロスペシャルインタビュー

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T:誰が運転していたんですか?

R: ペペ・ロメロ:セリンだよ。セリンはいつでも我が家のキャプテンなんだ。
その頃のエピソードを話そう。我々はツアーのための車が必要だった。そこで、我らがキャプテン、セリンがシボレーのピックアップ・トラックを買ってきた。まあ、適切な良い選択に思えたんだ。もちろん、家族全員そう思ったよ。

運転席のベンチシートには父、母のアンヘリータ、そして運転手のセリン。後部荷台に私と弟のアンヘル、そして楽器と荷物って寸法さ。
もう分かるだろ?問題はね、当時の我々一家はアメリカの気候に詳しくなかったってことなのさ!(笑)なにせ、南スペインから南カリフォルニアと、温暖な土地しか知らなかったんだからね!今思えば無謀な話だけど、その車でコネチカット、シカゴ、ネブラスカなんかも行ったんだよ!(大笑)もうあまりの寒さに「今我々は、もしかしたらシベリアにいるんじゃないか?」なんて思ったよ!(爆笑)ヒーターのある運転席に座る父、母、セリンはまあ良しとして、後部荷台の私とアンヘルは骨の髄までが縮み上がったものさ!ピックアップトラックだよ!ひどい話さ!(笑)

 ある夜のこと。夜通し車を走らせなければならぬ日程でね、夜中の2時か3時頃だったろうか、ガソリンを入れるためにセリンはガソリンスタンドへ寄ったんだ。いつものように後部荷台で縮み上がっていたアンヘルと私は、冷え切った体を温める絶好のチャンスと思い、セリンが車を止めた途端、そのガソリンスタンドの建物内へと駆け込んだ。給油を終えたセリンは、荷台に私とアンヘルがいるかどうかを確認せずに出発してしまったんだ!(笑)しばらくすると父がそのことに気づき「おい!ペペとアンヘルがいないぞ!!」と叫んだわけさ。セリン達は、私とアンヘルはフリーウエイを走行中、荷台から転げ落ちてしまったと思い込んで、来た道を戻り探し回ったんだって(笑)。

こんな風にアメリカ最初期のツアーでは楽しい想い出が沢山あるよ。家族皆の心に、素敵な想い出として。まったく、今となっては愛しい想い出さ。
そしてもちろん、コンサートもだけど、共に音楽を作り上げることも、本当に素晴らしい作業だった。ギター四重奏のレパートリーを開拓してきたことも、得難い素晴らしい想い出だよ。沢山の曲を四重奏用に編曲したり、作曲家を捜し、訪ねて四重奏曲の作曲を依頼したり。

今日では、沢山のギター四重奏団が当たり前のように存在してるけど、当時は殆ど前例がなく、四重奏のレパートリーを開拓することは、まさしく創造だったんだ‥‥。トローバ、ロドリーゴを初めとする偉大な作曲家達が我々の為に曲を書いてくれた。それは大変エキサイティングなことで、ましてや家族でそれに関わることが出来たんだから。

私達はまだ年若き兄弟達だった。本当に若かったよ‥‥。そんな中で体験した数々の出来事は、まさに人生経験でもあったよ。もちろん、喧嘩もしたさ。でもステージに上がると魔法がかかって、どんな問題でも跡形もなく消し去ってくれるのさ!

C:ギターや音楽に関する喧嘩じゃないよ!

R:そう。日常のごく些細な他愛のない喧嘩さ。だって今でもやってるんだから!(笑)今でもステージが、つまらない問題なんて吹っ飛ばしてくれるんだ。