ペペロメロスペシャルインタビュー

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T: 父上セレドニオのギタリストとしての側面を話してください。

R:父は、私が知る中で最もエレガントなギタリストだったよ。時に炎の如く力強く輝かしい音色で、またある時にはクリーンで透明でクリアなサウンドで。
現在の私や兄弟達が持っている美点は、全て各々が父から受け継いだものだよ。まさしく父の一部なんだ。父の美点を鏡写しのようにね。父は輝かしく、且つ名人的で、まさに突出したサウンドを持っていた。全く巨大な存在だよ。

これらのことを父は常に、信じがたいほどのエレガントさとクラシシズムを失わずに行っていたんだ!全く、エレガントなタッチだったよ!

T:ミランの『幻想曲第16番』は、貴方にとって特別な曲ですよね。1993年録音のアルバム「スペインの夜」での演奏内容と、1998年録音の「父が教え給えし歌」でのバージョンは大分違う。また、リサイタルのオープニングに必ず弾きますよね。だから、この『幻想曲第16番』についてのお話をして頂きたいのですけれど。

R:ミランの『幻想曲第16番』は、父にとっても特別な曲だったんだ。父はこの曲がとても好きだった。父は「この曲は音楽の本質へと続く隠された道を持っている。この曲は音楽の全てを内包している」と考えていたんだ。

父の人生の最晩年、毎朝セリンと私は父の家へ行ってこの曲を弾き、議論することで一日を始めていたんだ。その議論はもちろん、音楽的な解釈ばかりでなく、この曲に内包された精神的な部分を考察する事も含まれていた。
 そして、この曲のテンポに関する議論から、私は父から学んだ沢山の教えの中でも、最も重要な部類に入ることを学んだんだ。

93年の私の録音バージョンに関して、その演奏速度が、父は早すぎると考えていた。これは、単純にテンポ設定が速い、遅いという問題ではなくて、より音楽的な解釈の問題だよ。
 その議論中、私達は父のスタジオへ行きミランに関する文献を読み返した。すると父はその本からある言葉を探し当てて私に見せ、そして私に完全に確認させたんだ。この曲に関する私の音楽解釈の誤認をね。

ミランはコンソナンシアスはより遅く、レドブレはより速く演奏するように求めている。だから私は、いかにも幻想曲らしいこの要求に従って演奏していたんだ。しかし、もしコンソナンシアスとレドブレを、主題と変奏のように考えると、ミランのその要求はテンポが揺れすぎて不具合を生じてしまうことになる。すると、問題はミランがこの曲をどちら寄りに考えていたのかが、重要な問題になるわけだ。そこで父は、幻想曲ばかりを集めたもう一冊の曲集には、この16番が含まれていないことを確認させてくれたんだ。愛情深く、賢い方法でね。父のおかげで私はこの曲の解釈を改善することが出来たんだ。−だから、お前が言うとおり「スペインの夜」での演奏と「父が教え給えし歌」での演奏は、大いに違うものとなったのさ。まあ、こんな風にミランの『幻想曲第16番』に関しては、沢山議論し、学んだよ。

ところでお前は、この曲がロドリーゴの大のお気に入りだったことを知っているかい?偉大な人達が価値を見いだす素晴らしい曲なんだ!
父が息を引き取った晩のこと、まさに逝ってしまうほんの数分前、父は私にこう言ったんだ。「お前のコンサートで、もしも私がお前だったら、私はミランの『幻想曲第16番』が弾きたいよ。だから、もし私の助けが必要ならばあの幻想曲を弾きなさい。その演奏が聞こえたら、私の精神はお前の元へ行き、お前と共にいる。もし私達が別々の世界に別れてしまっても。私はお前の心から恐れを拭い去り、もしお前が間違いそうならば、お前の指を取り正しいところへ導いてあげよう」とね。あの日からこの曲は、私にとっては父への呼びかけでもあるんだ。父を送る葬儀で、私はこの曲で父を送った。そして、それから私はこの曲でコンサートを始めることにしている。協奏曲やアンサンブルのためステージでこの曲が弾けないときは、控え室でこの曲を弾き、ステージへと向かうんだ。父の魂と共にね。